埼玉県で厄除けの神社を選ぶポイント
厄除けの参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。埼玉県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
埼玉県で厄除けのご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。
8件中1-8件を表示しています。
さいたま市浦和区岸町に鎮座し、地元では「つきのみや」と親しまれる。社伝『調宮縁起』によれば第10代崇神天皇の勅命による創建と伝わり、伊勢神宮へ納める調(貢)物の初穂を収めた倉庫群の中に造営されたため、貢物の搬出入の妨げとなる鳥居を設けないとされる。確かな文献では延喜5年(905年)に編纂が命じられた『延喜式神名帳』に武蔵国四十四座の一社として記載される。御祭神は天照大御神・豊宇気姫命・素盞嗚尊。「調(つき)」が「月」と同じ読みであることから、月の動物とされた兎が神使とされ、中世の月待信仰と結びついて江戸時代には月読社とも呼ばれた。南北朝期の延元2年(1337年)に足利尊氏の命で一色範行が荒廃した社殿を復興し、天正18年(1590年)の小田原兵乱で再び焼失したが徳川家康の関東入部後に再建された。現社殿は安政6年(1859年)竣工の総欅権現造である。
埼玉県に鎮座する八坂系の神社です。御祭神は素盞嗚尊。厄除け・病気平癒のご利益で知られます。
社伝では、聖武天皇の天平年間(729〜749)の創建と伝えられる古社。もとは駿河国に飽波神社として鎮座し、のちに遠江国へ移され、さらに当地へ遷されたと伝わる。主祭神は火之迦具土大神で、天照大神・素戔嗚尊・市杵島姫命・菅原道真ら十数柱を併せ祀る。江戸時代には指扇村三千石を知行した旗本山之内家が陣屋を当地に置き、守護神として三代にわたり崇敬した。慶安年間(1648〜1652)の頃から霊験の評判が高まり、火防・盗賊除け・病気平癒の神として関東一円の崇敬を集め、社号標には「火産霊神 関東総本社秋葉神社」と刻まれる。現在の本殿は寛文元年(1661)の建立で、八棟三手先造りの屋根と、四面を埋め尽くす豪壮な彫刻を備える。春秋の例祭には関東各地から参拝者が訪れる。
日本武尊が東征の際に創建したと伝えられる古社。本殿を設けず、背後の御室ヶ嶽一帯を御神体として拝殿から拝む古代祭祀の形式を今に伝えており、この形式は長野の諏訪大社、奈良の大神神社と合わせて全国でも3社のみとされる。境内の多宝塔は天文3年(1534)に武蔵七党の安保弾正全隆が子孫の多幸を祈って建立したもので国指定重要文化財。参道脇の「御嶽の鏡岩」は約1億年前の断層活動で生じた岩肌で、国の特別天然記念物に指定されている。戦国時代には背後の山に御嶽城が築かれた。
創建年代は不詳だが、社伝では源頼義・義家が奥州討伐の途上、戦勝を祈願して勧請したと伝わる。当初は佐間村田中に鎮座し「田中八幡」と呼ばれた。天文年間に現在地へ遷座し、忍城主・成田長泰の崇敬を受けて社殿が修補され、城下の総鎮守として「城主八幡」「西向き八幡」とも称された。弘化3年(1846)の大火で全焼したが同年本殿を再建し、平成元年(1989)に新社殿が竣功した。主祭神は誉田別尊(応神天皇)で、気長足姫尊・比売大神・大物主神・神素盞鳴尊を祀る。癌封じ・ぼけ封じ・虫封じなど秘法を伝える「封じの宮」として知られる。
元郷氷川神社は、室町後期に岩槻方の武将・平柳蔵人が武蔵国一宮氷川神社を勧請して創建したと伝えられる。平柳領十五か村の本村であった元郷に社を建て、地域の安寧を祈ったことに始まり、数百年にわたり鎮守として崇敬されてきた。
氷川女体神社はさいたま市緑区宮本に鎮座する、武蔵国有数の古社。稲田姫命・三穂津姫命・大己貴命を祀り、大宮氷川神社・中山神社とともに武蔵国一宮を構成したとも伝わります。
中氷川神社は、素盞嗚尊・稲田姫命・大己貴命を祀る所沢市山口の神社。武蔵国の氷川信仰に連なる社として、山口地域の鎮守を担ってきた。春季例大祭などの祭事を通じ、地域の安寧を祈る信仰を伝えている。
厄除けの参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。埼玉県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
厄除けと埼玉県の親ページも合わせて確認できます。
埼玉県で件数の多いご利益別ページです。