ご利益 × 都道府県

埼玉県の開運神社

埼玉県で開運のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

埼玉県の開運神社一覧

21件中1-20件を表示しています。

埼玉県開運

楡山神社

にれやまじんじゃ

深谷市原郷に鎮座する『延喜式』神名帳所載の式内社で、武蔵国幡羅(はら)郡四座の一社。幡羅郡の総鎮守とされ、境内に残る古い社号標にも「武蔵国幡羅郡總社延喜式内楡山神社」と刻まれている。旧社家が絶えて社記の類が散逸したため創建年代は不明だが、第五代孝昭天皇の御代の鎮座という口碑が伝わり、後世の地誌には幡羅太郎道宗が再興したとも記される。社名は、神域一帯にニレの木が多く茂っていたことに由来する。江戸時代は天台宗東学院が別当を務め、熊野信仰の影響から「熊野三社大権現」とも呼ばれたが、明治の神仏分離により楡山神社の社号へ復した。明治5年(1872)に郷社、大正12年(1923)に県社へ昇格。境内には目通り約3.6m、樹高約10m、樹齢約600年と推定されるハルニレの神木が立ち、昭和24年(1949)に埼玉県の天然記念物に指定されている。

所在地
埼玉県深谷市原郷336
御祭神
伊邪那美命
埼玉県厄除け病気平癒

調神社

つきじんじゃ

さいたま市浦和区岸町に鎮座し、地元では「つきのみや」と親しまれる。社伝『調宮縁起』によれば第10代崇神天皇の勅命による創建と伝わり、伊勢神宮へ納める調(貢)物の初穂を収めた倉庫群の中に造営されたため、貢物の搬出入の妨げとなる鳥居を設けないとされる。確かな文献では延喜5年(905年)に編纂が命じられた『延喜式神名帳』に武蔵国四十四座の一社として記載される。御祭神は天照大御神・豊宇気姫命・素盞嗚尊。「調(つき)」が「月」と同じ読みであることから、月の動物とされた兎が神使とされ、中世の月待信仰と結びついて江戸時代には月読社とも呼ばれた。南北朝期の延元2年(1337年)に足利尊氏の命で一色範行が荒廃した社殿を復興し、天正18年(1590年)の小田原兵乱で再び焼失したが徳川家康の関東入部後に再建された。現社殿は安政6年(1859年)竣工の総欅権現造である。

所在地
埼玉県さいたま市浦和区岸町3-17-25
御祭神
天照大御神、豊宇気姫命
系統
八坂
埼玉県開運商売繁盛

大杉神社

おおすぎじんじゃ

埼玉県ふじみ野市、新河岸川のほとりに鎮座する小社。ふじみ野市の文化財解説によれば、明治11年(1878年)に船の守り神として創建され、新河岸川の舟運に従事した船頭や船問屋の信仰を集めた。御祭神は大物主大神。明治18年(1885年)には、新河岸川・荒川・江戸川・利根川・鬼怒川など関東一円の船頭・船問屋およそ100人が協賛して奉納額が納められた。天狗の面を付けた木製のもので、縦100センチメートル・横215センチメートルの大きさがあり、ふじみ野市の有形民俗文化財に指定されている。奉納額は、新河岸川の舟運を支えた船頭たちの厚い信仰心を今に伝える文化財として大切に守られてきた。

所在地
埼玉県ふじみ野市福岡新田
御祭神
大物主大神
系統
三輪
埼玉県開運

聖神社

ひじりじんじゃ

和銅元年(708年)の創建と伝わる。慶雲5年(708年)に武蔵国秩父郡黒谷から自然銅(にきあかがね)が産出して朝廷に献上され、元明天皇はこれを喜んで年号を「和銅」と改元した。この年に発行されたのが日本最初の流通貨幣とされる「和同開珎」である。献上に際して朝廷から遣わされた勅使が近くの祝山に鉱山の神・金山彦命を祀り、のちに現在地へ遷座して聖神社が創建されたと伝えられる。社の周辺には露天掘りの跡が残る和銅遺跡が広がり、高さ約5メートルの和同開珎のモニュメントが立つ。貨幣発祥の地に鎮座することから地元では「銭神様」と呼ばれて親しまれ、金運や商売繁盛、宝くじの当選を願う参拝者が各地から訪れる。

所在地
埼玉県秩父市黒谷字菅仁田2191
御祭神
金山彦命、国常立尊
埼玉県開運

芳川神社

よしかわじんじゃ

埼玉県吉川市平沼に鎮座する、吉川の総鎮守です。社伝では鎌倉時代初期の文治3年(1187年)、この地を治めた武士団の吉川氏が古くからの土着神を氏神の諏訪神社として再興したことに始まるとされます。主祭神は武勇や風雨、農耕・開拓の守護神である建御名方命で、相殿に経津主命と愛梁大神を祀ります。江戸期には香取社を相殿として平沼村の鎮守となりました。現在の拝殿は嘉永3年(1850年)の再建、本殿は明治42年(1909年)の建立と伝えられ、拝殿の軒下には方位を示す十二支の彫刻が施されています。明治6年に村社に列格し、明治41年から大正2年にかけて地内の34社を合祀したのを機に社号を芳川神社へ改めました。境内には八坂神社・稲荷神社・松尾神社・吉川天満宮・古峯神社などが並び、社殿の前後にタブノキと大クスが立ちます。裏手には旧下妻街道が通り、一帯はかつて沼地で、平沼の地名もその地形に由来するといわれます。

所在地
埼玉県吉川市平沼315-1
御祭神
建御名方命、経津主命
埼玉県開運

駒形神社

こまがたじんじゃ

創建年代は不詳。『駒形大明神勧進帳』によれば、慶長年間(1596〜1615年)に没した高貴な人物の愛馬が当地の有力者の夢に現れ、馬の頭を祀れば諸病を治し災難を除くと告げたため、その人物が馬が斃れたという場所を訪ねて馬の頭を得、これを祀ったのが起こりと伝える。馬を神格化した駒形信仰の社として駒形村の鎮守となり、明治5年(1872年)に近代社格制度のもとで村社に列した。明治42年(1909年)の神社合祀により周辺の3社が合祀されている。現在は常駐の神職を置かず、近隣の彦江神社が社務を兼務している。

所在地
埼玉県三郷市駒形499
御祭神
駒形大明神
埼玉県開運

高徳神社

こうとくじんじゃ

明治末期に進められた神社合祀の方針を受け、大正2年(1913年)に旧鶴ヶ島村域の複数の村社を合わせて創建された神社です。合祀されたのは太田ヶ谷の熊野神社、三ツ木の白髭神社とその境内社である八坂神社、藤金の氷川神社、五味ヶ谷の氷川神社で、熊野・白髭・氷川それぞれの祭神を併せ祀っています。境内地は当時の鶴ヶ島村長・内野重右衛門が寄進したもので、5,600坪あまりの広い社叢を持ちます。雑木林がよく残る落ち着いた境内で、参道の鳥居のすぐ前を圏央道が通り、鶴ヶ島ジャンクションにも近い立地です。

所在地
埼玉県鶴ヶ島市大字太田ヶ谷617-1
御祭神
伊弉冉命、速玉男命
埼玉県開運

貴布禰神社

きぶねじんじゃ

弘仁9年(818年)、大干ばつに見舞われた際に境内の熊野社に祈願して高龗神を勧請したのが創祀と伝わる。正暦2年(991年)の干ばつを鎮めた折には遠近の人々が家財を寄進し、このとき貴布祢大神を分祀して以来「貴布禰大明神」と称するようになったという。旧村社で、貴布祢神社・貴船大明神・貴船社などの別称でも呼ばれる。境内には太神宮・熊野社・諏訪社・稲荷社・天王社が祀られている。春秋の大祭に奉納される貴布祢神社神楽は一社相伝の神楽として氏子の手で受け継がれ、埼玉県指定無形民俗文化財となっている。

所在地
埼玉県秩父市下吉田6739
御祭神
高龗神
埼玉県厄除け病気平癒

金鑚神社

かなさなじんじゃ

日本武尊が東征の際に創建したと伝えられる古社。本殿を設けず、背後の御室ヶ嶽一帯を御神体として拝殿から拝む古代祭祀の形式を今に伝えており、この形式は長野の諏訪大社、奈良の大神神社と合わせて全国でも3社のみとされる。境内の多宝塔は天文3年(1534)に武蔵七党の安保弾正全隆が子孫の多幸を祈って建立したもので国指定重要文化財。参道脇の「御嶽の鏡岩」は約1億年前の断層活動で生じた岩肌で、国の特別天然記念物に指定されている。戦国時代には背後の山に御嶽城が築かれた。

所在地
埼玉県児玉郡神川町字二ノ宮750
御祭神
天照大神、素戔嗚尊
系統
八坂
埼玉県開運

秩父御嶽神社

ちちぶおんたけじんじゃ

明治28年(1895)11月、御嶽行者・鴨下清八が信州木曽御嶽山から御嶽大神の御分霊を勧請して創建した御嶽信仰の神社。清八は16歳のとき重病の母が御嶽信仰によって救われた体験から、その神徳を広く伝えることを志したと伝わる。主祭神は御嶽大神(国常立尊・大己貴尊・少彦名尊)。日露戦争後、清八は東郷平八郎元帥の銅像建立を発案して自ら許可を求め、大正14年(1925)に元帥臨席のもと除幕式が行われた。以来、境内は「東郷公園」と呼ばれ、乃木希典像やロシア製大砲など海軍ゆかりの品が置かれている。

所在地
埼玉県飯能市坂石550-2
御祭神
国常立命、大巳貴命
埼玉県商売繁盛金運

箭弓稲荷神社

やきゅういなりじんじゃ

社伝では和銅5年(712)の創建と伝わる古社で、主祭神は保食神。もとは地名の野久ヶ原にちなみ野久稲荷と称した。平安時代中頃、平忠常の乱平定に向かう源頼信が戦勝を祈願したところ、明け方に箭(矢)の形をした白雲が現れて敵方へ飛んだため大勝し、これに感謝して社殿を寄進し「箭弓稲荷」と改めたと伝わる。江戸時代には松山城主や近郷の庶民の信仰を集め、文政4年(1821)には7代目市川團十郎が境内に團十郎稲荷を勧請した。権現造の社殿は本殿・幣殿が天保6年(1835)に上棟し、拝殿は天保11年(1840)までに竣工したもので、「箭弓稲荷神社本殿・幣殿・拝殿」として令和6年(2024)1月に国の重要文化財に指定された。「やきゅう」の音の縁で野球関係者の参拝が多いことでも知られる。

所在地
埼玉県東松山市箭弓町2-5-14
御祭神
保食神、(宇迦之御魂神
系統
稲荷
埼玉県勝負運厄除け

行田八幡神社

ぎょうだはちまんじんじゃ

創建年代は不詳だが、社伝では源頼義・義家が奥州討伐の途上、戦勝を祈願して勧請したと伝わる。当初は佐間村田中に鎮座し「田中八幡」と呼ばれた。天文年間に現在地へ遷座し、忍城主・成田長泰の崇敬を受けて社殿が修補され、城下の総鎮守として「城主八幡」「西向き八幡」とも称された。弘化3年(1846)の大火で全焼したが同年本殿を再建し、平成元年(1989)に新社殿が竣功した。主祭神は誉田別尊(応神天皇)で、気長足姫尊・比売大神・大物主神・神素盞鳴尊を祀る。癌封じ・ぼけ封じ・虫封じなど秘法を伝える「封じの宮」として知られる。

所在地
埼玉県行田市行田16-23
御祭神
誉田別尊、気長足姫尊
系統
八幡
埼玉県開運

高麗神社

こまじんじゃ

高麗神社は、高句麗からの渡来人である高麗王若光を主祭神として祀る神社。猿田彦命・武内宿禰命も祀り、高麗郡の成立と渡来文化の歴史を伝える。出世開運の社としても広く崇敬されている。

所在地
〒340-1243埼玉県日高市大字新堀833番地
御祭神
高麗王若光(主祭神)、猿田彦命
埼玉県開運

久伊豆神社

ひさいずじんじゃ

久伊豆神社は、古くから久伊豆大明神として崇められてきた神社で、大国主命・言代主命を主祭神とする。創建年代は不詳ながら、平安時代中期以降には武士や地域の人々から崇敬を受け、国造り・縁結び・福の神として信仰されてきた。

埼玉県縁結び開運

玉敷神社

たましきじんじゃ

玉敷神社は、大宝3年(703)に多治比真人三宅麿が東山道鎮撫使として武蔵国へ下った際に創建したと伝えられる。一説には成務天皇6年(136)の創建ともいい、延喜式神名帳にも名を記す古社として地域の崇敬を集めてきた。

所在地
埼玉県加須市騎西552
御祭神
大己貴命
系統
出雲
埼玉県縁結び開運

上之村神社

かみのむらじんじゃ

社伝によれば、上之村神社はもとは久伊豆神社と称し、応永年間(1394~1428年)に忍城主・成田五郎家時によって社殿が再興されたと伝わる。江戸時代には大山祇神を主祭神としていたが、明治2年(1869年)に社名を上之村神社と改め、事代主命を主祭神に、大己貴命・大山祇神を配祀神とするようになった。中世には忍城主成田氏の氏神として栄え、忍城落城後は徳川氏の庇護を受けたとも伝わる。境内には摂社の大雷神社があり、その本殿と上之村神社本殿はともに埼玉県指定有形文化財、参道の木製鳥居は熊谷市指定文化財で市内最大級の規模を誇る。

所在地
埼玉県熊谷市上之16
御祭神
事代主命、大山祇神
系統
出雲
埼玉県縁結び開運

鷲宮神社

わしのみやじんじゃ

鷲宮神社は、出雲族の草創に関わる関東最古級の大社と伝えられる。天穂日命と御子の武夷鳥命が部族を率いて神崎神社を建て大己貴命を祀り、さらに天穂日命の霊徳を崇めて別宮を奉斎したことに始まるとされる。

所在地
埼玉県久喜市鷲宮一丁目6番1号
御祭神
天穂日命、武夷鳥命
系統
出雲
埼玉県縁結び開運

久伊豆神社

ひさいずじんじゃ

久伊豆神社は、大国主命を祀る越谷の古社。武蔵国東部に広がる久伊豆信仰の中心的な社として崇敬され、岩槻城主や地域の人々から篤い信仰を受けた。縁結び・開運・厄除けの神として親しまれている。

所在地
埼玉県さいたま市岩槻区宮町2-6-55
御祭神
大国主命
系統
出雲
埼玉県開運家内安全

所澤神明社

ところさわしんめいしゃ

所澤神明社は、天照大御神を祀る所沢の総鎮守。武蔵の国のお伊勢さまと称され、地域の氏神として崇敬されてきた。日本の航空発祥の地に近いことから、飛行機の神社として航空安全の信仰でも知られる。

系統
伊勢・神明
埼玉県開運

白鬚神社

しらひげじんじゃ

埼玉県に鎮座する神社です。開運のご利益で知られます。

埼玉県で開運の神社を選ぶポイント

開運の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。埼玉県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

関連ページ

開運と埼玉県の親ページも合わせて確認できます。

埼玉県の他のご利益

埼玉県で件数の多いご利益別ページです。