由緒
冨士御室浅間神社は、富士山中最古の神社として歴史を伝える浅間社。富士山信仰の社として戦国武将からも崇敬を受け、貴重な古文書を所蔵する。河口湖畔の里宮では流鏑馬祭などの祭祀が行われ、世界文化遺産富士山の構成資産にも含まれる。
山梨県に鎮座する浅間系の神社です。安産・子宝のご利益で知られます。
冨士御室浅間神社は、富士山中最古の神社として歴史を伝える浅間社。富士山信仰の社として戦国武将からも崇敬を受け、貴重な古文書を所蔵する。河口湖畔の里宮では流鏑馬祭などの祭祀が行われ、世界文化遺産富士山の構成資産にも含まれる。
御朱印あり。本宮は桜と富士山の特別和紙、里宮は御朱印帳への浄書または和紙での授与(令和7年12月29日より)。初穂料はそれぞれ500円。社務所開所は9:00-16:00。
境内に約200本のソメイヨシノがあり、参道の桜並木が花見名所として紹介される。
冨士御室浅間神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。
御朱印あり。本宮は桜と富士山の特別和紙、里宮は御朱印帳への浄書または和紙での授与(令和7年12月29日より)。初穂料はそれぞれ500円。社務所開所は9:00-16:00。
時間 9:30~15:30
境内に約200本のソメイヨシノがあり、参道の桜並木が花見名所として紹介される。
冨士御室浅間神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。
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社伝では景行天皇の御代の創祀と伝える古社。『日本三代実録』にみえる貞観6年(864年)の富士山大噴火を受け、翌貞観7年(865年)に勅命で甲斐国八代郡に建てられ官社に列したという「浅間明神の祠」に相当するとされ、『延喜式』神名帳に載る甲斐国八代郡の名神大社「浅間神社」の論社の一つに数えられる。当初は正体山に祀られ、延長2年(924年)10月に現在地へ遷宮したと伝わる。祭神は木花咲耶姫命。近代社格は
富士山から流れ下った剣丸尾溶岩流の突端に鎮座し、祭神は木花咲耶姫命。公式サイトの由緒によれば、延暦12年(793年)に坂上田村麻呂が東征の折、古吉田の地から富士山に戦勝を祈願して大勝し、その神護に感謝して大同2年(807年)に甲斐国都留郡古吉田の森組の地へ草創したと伝える。古い記録では単に「宮」と記され、富士北麓に住む人々の産土大神・鎮守として信仰の中心にあった。のちに周辺へ浅間神社が増えるなかで
甲斐国一宮として崇敬されてきた古社で、木花開耶姫命を主祭神とする。社伝によれば垂仁天皇8年正月、現在の摂社・山宮神社が鎮座する神山の麓に初めて祀られたのが起こりで、富士山が大噴火した翌年にあたる貞観7年(865年)12月9日に現在地へ遷座したと伝える。延喜の制では名神大社に列し、明治4年(1871年)に国幣中社へ列格した。祭神は大山祇神の娘で天孫瓊瓊杵尊の妃とされる「富士の神」であり、山火鎮護のほ
貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」