由緒
貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録され、国の史跡に指定されている。
山梨県に鎮座する浅間系の神社です。御祭神は浅間大神。安産・子宝のご利益で知られます。
貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産として世界文化遺産に登録され、国の史跡に指定されている。
河口浅間神社の御祭神は浅間大神です。
4月25日(孫見祭)
筒粥祭(1月14日)身曽岐流し(7月31日)献穀祭(11月23日)
河口浅間神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。
窓口 9:00~16:00)
4月25日(孫見祭)
筒粥祭(1月14日)身曽岐流し(7月31日)献穀祭(11月23日)
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社伝では景行天皇の御代の創祀と伝える古社。『日本三代実録』にみえる貞観6年(864年)の富士山大噴火を受け、翌貞観7年(865年)に勅命で甲斐国八代郡に建てられ官社に列したという「浅間明神の祠」に相当するとされ、『延喜式』神名帳に載る甲斐国八代郡の名神大社「浅間神社」の論社の一つに数えられる。当初は正体山に祀られ、延長2年(924年)10月に現在地へ遷宮したと伝わる。祭神は木花咲耶姫命。近代社格は
富士山から流れ下った剣丸尾溶岩流の突端に鎮座し、祭神は木花咲耶姫命。公式サイトの由緒によれば、延暦12年(793年)に坂上田村麻呂が東征の折、古吉田の地から富士山に戦勝を祈願して大勝し、その神護に感謝して大同2年(807年)に甲斐国都留郡古吉田の森組の地へ草創したと伝える。古い記録では単に「宮」と記され、富士北麓に住む人々の産土大神・鎮守として信仰の中心にあった。のちに周辺へ浅間神社が増えるなかで
甲斐国一宮として崇敬されてきた古社で、木花開耶姫命を主祭神とする。社伝によれば垂仁天皇8年正月、現在の摂社・山宮神社が鎮座する神山の麓に初めて祀られたのが起こりで、富士山が大噴火した翌年にあたる貞観7年(865年)12月9日に現在地へ遷座したと伝える。延喜の制では名神大社に列し、明治4年(1871年)に国幣中社へ列格した。祭神は大山祇神の娘で天孫瓊瓊杵尊の妃とされる「富士の神」であり、山火鎮護のほ
大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が