由緒
明治5年(1872年)、明治天皇の思し召しにより創建され、翌年に官幣中社に列した神社。祭神の宗良親王は後醍醐天皇の第四皇子で、幼少期に出家して比叡山天台座主を務めたが、南北朝の動乱のなかで還俗し、一品中務卿征東将軍としてこの井伊谷を本拠に50年余りにわたり吉野朝(南朝)のために各地を転戦した。和歌にも秀で、『新葉和歌集』の編纂にあたったほか自撰家集『李花集』を残している。元中2年(1385年)8月10日、73歳でこの地に没したと伝えられる。昭和5年(1930年)には昭和天皇の親拝を受けた。歌才にちなむ学徳成就・合格、逆境を越えて長寿を保った事績にちなむ長寿・除災開運、道開き・交通安全の神として信仰されている。