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静岡県の開運神社

静岡県で開運のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

静岡県の開運神社一覧

26件中1-20件を表示しています。

静岡県開運

須倍神社

すべじんじゃ

浜松市北部の都田に鎮座し、内宮と外宮の二棟の本殿を並べて祀る神明社です。延喜式神名帳の遠江国引佐郡にみえる「須倍神社」に比定される式内社で、一帯は伊勢神宮の御厨として開けた土地でした。祭神は内宮に天照皇大神、外宮に豊受姫大神を祀り、伊勢の神宮を勧請したものと考えられています。創建については仁和3年(887年)の建宮と伝え、延喜2年(902年)に上社・下社の両社を現在地へ遷して神明宮あるいは須倍神社と称するようになったとされます。一方で天応元年(781年)の創建とする所伝もあります。秋の例大祭では周辺9地区から御殿屋台(山車)が集まって曳き回され、祈年祭と新嘗祭では氏子の子どもたちが浦安の舞を奉納するなど、地域と結びついた祭祀が今も続けられています。

所在地
静岡県浜松市浜名区都田町6284
御祭神
天照皇大神、豊受姫大神
静岡県開運

社宮神社

しゃぐうじんじゃ

本殿には道祖神として知られる岐神(ふなとのかみ、船戸神)を祀る。ただしこれは明治維新後の国家神道政策のもとで定められたもので、本来の信仰の核は「ミシャグジ(御社宮司)」であったと伝えられる。境内社には牛頭天王(須佐之男命)とともに阿弥陀如来も祀られており、神仏習合の形が今も残る。社名は「社宮司」「産宮神」など複数の呼び方をされてきた。鎮守の杜に囲まれた境内には樹齢約400年とされる鹿子木(カゴノキ)の巨木があり、幹に開いた穴が女性の象徴になぞらえられて、子授け・夫婦和合から子宝・安産に霊験があるとして信仰を集めるようになった。杓子で願いをすくい上げるという語呂にちなんで神前へ杓子を供える習わしが盛んになり、子宝をすくい上げる意に通じるとして子授け・安産育児の守りとされている。

所在地
静岡県浜松市浜名区都田町7029
御祭神
岐神
静岡県開運

比奈多乃神社

ひなたのじんじゃ

創建年代は不詳だが、延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳に遠江国城飼郡の小社「比奈多乃神社」として載る式内社で、少なくともそれ以前の鎮座と考えられる。祭神の建比奈鳥命は天穂日命の子とされ、建比良鳥命と同一視される神で、国譲りの場面で経津主命とともに活躍したと伝えられる。中世には「天馬駒神社」と称され、神仏習合の時代には近隣の華厳院の鎮守社として祀られた。明治11年(1878年)に式内社としての社名である比奈多乃神社へ復している。掛川市南部の丘陵に鎮座し、徳川・武田両氏が争った高天神城跡に建つ高天神社とはごく近い位置にある。高天神社を式内比奈多乃神社の後裔とする説もあるが、地元では当社をその後裔としている。

所在地
静岡県掛川市上土方落合837
御祭神
建比奈鳥命
静岡県開運

石室神社

いろうじんじゃ

伊豆半島最南端の石廊崎に鎮座し、断崖のくぼみを利用して社殿が建てられている。石廊権現・石廊崎権現とも呼ばれる。南伊豆町の案内によれば創立は大宝元年(701年)と伝えられ、現在の社殿は明治34年(1901年)に建てられたもの。御祭神は伊波例命で、海上の安全を守る神として船乗りや漁業関係者の信仰を集めてきた。社殿は長さ四間ほどの太い帆柱を大根太として据えた上に造られており、伊豆七不思議の一つに数えられる。これは、昔、江戸へ向かう商船が石廊崎の沖合で大波に遭った際、帆柱を捧げると誓って石廊権現に祈ったところ無事に江戸へ着いたという言い伝えにちなむもので、その帆柱は今も社殿に使われていると伝わる。

所在地
静岡県賀茂郡南伊豆町石廊崎125
御祭神
伊波例命
静岡県開運厄除け

高松神社

たかまつじんじゃ

文武天皇の勅願により、紀州熊野三社のうち新宮にあたる熊野速玉大社の分神を高松山へ勧請したのが始まりで、大宝元年(701年)9月のこととされる。社伝によれば、藤原不比等の娘・宮子が幼少より熊野三社を篤く信仰し、文武天皇の皇后となって懐妊した際に熊野へ誓願したところ、無事に皇子(のちの聖武天皇)が誕生した。これを喜んだ天皇・皇后が東国に三所の社を建てることとし、北は山続き、南は海を望むこの地を新宮の宮地と定めたのが高松神社である。西の三熊野神社(本宮)、北の小笠神社(那智)と合わせて遠州の熊野三山を成す。御祭神は伊弉冊尊・速玉男命・亊解男命。源頼朝が伊豆配流の折に当社へ祈願したという伝説も残り、以来1300年にわたり地域の氏神として信仰されてきた。

所在地
静岡県御前崎市門屋2068番地
御祭神
伊弉冊尊、速玉男命
系統
熊野
静岡県開運

井伊谷宮

いいのやぐう

明治5年(1872年)、明治天皇の思し召しにより創建され、翌年に官幣中社に列した神社。祭神の宗良親王は後醍醐天皇の第四皇子で、幼少期に出家して比叡山天台座主を務めたが、南北朝の動乱のなかで還俗し、一品中務卿征東将軍としてこの井伊谷を本拠に50年余りにわたり吉野朝(南朝)のために各地を転戦した。和歌にも秀で、『新葉和歌集』の編纂にあたったほか自撰家集『李花集』を残している。元中2年(1385年)8月10日、73歳でこの地に没したと伝えられる。昭和5年(1930年)には昭和天皇の親拝を受けた。歌才にちなむ学徳成就・合格、逆境を越えて長寿を保った事績にちなむ長寿・除災開運、道開き・交通安全の神として信仰されている。

所在地
静岡県浜松市浜名区引佐町井伊谷1991-1
御祭神
宗良親王
静岡県開運

引手力命神社

ひきてちからのみことじんじゃ

駿河湾へ北に突き出す大瀬崎の先端に鎮座する式内社で、鳥居の扁額にもある通称「大瀬神社」で広く知られる。社伝では、白鳳13年(684年)の大地震で海底が隆起して岬(琵琶島)が現れた際、同じ地震で多くの土地が海没した土佐国から神が土地を引いてきたのだと考えた人々が、引手力命を祀ったのが始まりと伝える。古くから駿河湾の漁民の信仰を一身に集める海の守護神で、船を新造する際には必ず参詣して海上安全を祈願したという。漁民が奉納した絵馬や漁船模型が多数伝わり、静岡県指定の有形民俗文化財となっている。境内にある神池は直径約100m、海から15mと離れていないのに淡水で鯉や鮒が棲み、伊豆七不思議の一つに数えられる。岬を覆う大瀬崎のビャクシン樹林は昭和7年7月25日に国の天然記念物に指定された。

所在地
静岡県沼津市西浦江梨329
御祭神
引手力命
静岡県開運厄除け

三熊野神社

みくまのじんじゃ

文武天皇の皇后が紀州の熊野三社に「安産で皇子が誕生すれば東に三つの社を建てて日夜敬う」と誓われ、無事に皇子(のちの聖武天皇)を出産した。その誓いにより大宝元年(701年)、熊野本宮大社をこの横須賀の地へ、熊野那智大社を小笠山(現・小笠神社)へ、熊野速玉大社を高松(現・高松神社)へ遷座したのが起こりと社伝は伝え、あわせて遠州の熊野三社と称される。鎮座とともに朝廷から神領として笠原の庄を賜った。建武2年(1335年)元旦には新田義貞が戦勝祈願に参拝し楠木正成の鈴を奉納したと伝わる。天正6年(1578年)に徳川家康が横須賀城を築いて以降は歴代城主・家臣と城下近郷の信仰を集め、災難除・子授け・安産・縁結びの守り神として崇敬されてきた。御祭神は家津美御子神・伊邪那美神・事解男神。本殿は静岡県指定文化財。

所在地
静岡県掛川市西大渕5631番地の1
御祭神
家津美御子神、伊邪那美神
系統
熊野
静岡県開運

鹿苑神社

ろくおんじんじゃ

静岡県に鎮座する神社です。御祭神は大名牟遅命。開運のご利益で知られます。

所在地
静岡県磐田市二ノ宮1767
御祭神
大名牟遅命
静岡県開運厄除け

山住神社

やまずみじんじゃ

和銅2年(709)、伊予国の大山祇神社から大山積命の分霊を勧請して創建されたと伝わる古社で、標高約1100メートルの山住峠の頂に鎮座する、遠州で最も高所にある神社。古くから山犬(狼)を神使とする山犬信仰で知られ、狛犬も山犬の姿をしている。元亀3年(1572)、武田勢に追われた徳川家康が当地へ逃げ込んだ際、山犬が一斉に吠えて武田勢を退けたと伝わり、家康は翌天正元年(1573)に再び参詣して二振りの刀剣を奉納したとされる。境内には推定樹齢1200年余の二本の大杉がそびえ、静岡県指定天然記念物となっている。明治5年(1872)に現在の社名に改められた。旧社格は県社。

所在地
静岡県浜松市天竜区水窪町山住230番地
御祭神
大山積命、事解男命
系統
熊野
静岡県開運厄除け

小笠神社

おがさじんじゃ

社伝では、文武天皇の勅願により紀伊の熊野三山から熊野三神を勧請して創建されたと伝えられ、その歴史は1300年以上前にさかのぼるとされます。御祭神は事解男尊・伊弉册尊・速玉男尊で、同じく文武天皇の代の創建を伝える掛川市の三熊野神社、御前崎市の高松神社とあわせて「遠州の熊野三山」と呼ばれてきました。社殿は掛川市のほぼ中央に位置する標高265メートルの小笠山の山頂近くに鎮座し、山そのものが古くからの信仰の場となってきました。参道には樹高約20メートル、樹齢400年以上と推定される杉が立ち、市の天然記念物に指定されています。創建時に始まったと伝えられる神事「矢矧祭」が今日まで受け継がれ、五穀豊穣・家内安全・安産を祈願する祭りとして続いています。

所在地
静岡県掛川市入山瀬852番地
御祭神
事解男尊、伊弉册尊
系統
熊野
静岡県開運厄除け

高塚熊野神社

たかつかくまのじんじゃ

後三条天皇の延久年間(1069〜74年頃、約940年前)に創建されたと口伝される古社。紀州熊野本宮の神主が全国行脚の途中でこの地に留まり、熊野の神々を祀ったのが始まりと伝わる。「高い丘を作って人々を救え」との夢告を受けた神主が村人とともに社殿の裏山に土を盛ったと伝えられ、安政の大地震の際には里人がこの丘に避難して津波の難を逃れたという。この塚が「高塚」の地名の由来になったとの説もあり、防災と地域救済の記憶を今に伝える。祭神は伊佐奈伎命・事解之男命・速玉之男命の熊野三神で、「開運みちびきの大神」として信仰される。

所在地
静岡県浜松市中央区高塚町4708
御祭神
伊佐奈伎命、事解之男命
系統
熊野
静岡県開運

伊豆山神社

いずさんじんじゃ

祭祀の始まりは上古に遡ると伝わり、応神天皇の御代に相模の海に神が出現し、仁徳天皇の御代に日金山に祀られたのが起源とされる古社。古くは伊豆大権現・走湯大権現と称された。平治の乱で伊豆国に配流された源頼朝が北条政子とともに深い信仰を寄せ、伊豆山大神の加護により平家を倒して鎌倉幕府を開いたと伝えられることから、「強運八方除」の守護神として鎌倉・江戸の歴代将軍の崇敬を受けた。明治の神仏分離により伊豆山神社と改称し、昭和3年(1928)に国幣小社に列格した。縁結び・福徳和合の神としても知られる。

所在地
本宮:静岡県熱海市伊豆山1083本殿:静岡県熱海市伊豆山708-1
御祭神
火牟須比命、天忍穂耳尊
静岡県縁結び開運

静岡浅間神社

しずおか せんげん じんじゃ

静岡浅間神社は木花開耶姫命・大山咋命を祀る神社。縁結び・安産のご利益で知られ、901年(延喜元年)に創建された由緒ある神社です。徳川家康公が幼少期を過ごした地。

所在地
静岡県静岡市葵区宮ケ崎町102-1
御祭神
木花開耶姫命、大山咋神
系統
浅間
静岡県開運家内安全

富士山本宮浅間大社

ふじさん ほんぐ せんげん たいしゃ

富士山本宮浅間大社は木花之佐久夜毘売命を祀る神社。安産・火災消除のご利益で知られ、紀元前27年(伝承)に創建された由緒ある神社です。

所在地
静岡県富士宮市宮町1-1
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間
静岡県縁結び開運

小国神社

おくにじんじゃ

小国神社は、大己貴命を祀る遠江国一宮。欽明天皇16年(555)の鎮斎と伝えられ、遠江国の総鎮守として崇敬された。広大な社叢に鎮座し、縁結び・開運・産業守護の神として信仰を集める。

所在地
静岡県周智郡森町一宮3956-1
御祭神
大己貴命
系統
出雲
静岡県勝負運交通安全

五社神社・諏訪神社

ごしゃじんじゃ すわじんじゃ

五社神社は、曳馬城(後の浜松城)主・久野越中守により城内に創建されたと伝わります。徳川家康が浜松城主であった天正7年(1579)、秀忠公誕生に際し産土神として崇敬され、翌天正8年(1580)に現在地へ遷座しました。一方の諏訪神社は、延暦10年(791)に坂上田村麻呂が東征の折に創建したと伝え、弘治2年(1556)に曳馬城下へ遷座し、同じく秀忠公の産土神として崇敬されました。両社殿はかつて「お江戸見たくば五社諏訪ごろじ」と謡われた壮麗な建築でしたが、昭和20年(1945)の戦災で焼失。昭和37年(1962)に両社が合祀され、昭和57年(1982)竣工の現社殿に奉斎されています。

所在地
静岡県浜松市中央区利町302-5
御祭神
(五社神社)太玉命、武雷命
系統
諏訪
静岡県縁結び開運

東口本宮冨士浅間神社

ひがしぐちほんぐうふじせんげんじんじゃ

東口本宮冨士浅間神社は、富士山須走口の登山口に鎮座する浅間神社。富士山東口の守護神として、登拝者の安全と富士山の鎮火を祈る信仰を担ってきた。木花咲耶姫命を祀り、富士講や登山文化と深く結びついている。

所在地
静岡県駿東郡小山町須走126番地
御祭神
木花咲耶姫命、大己貴命
系統
出雲
静岡県縁結び開運

淡海國玉神社

おうみくにたまじんじゃ

淡海國玉神社は、遠江国の総社で、大国主命ほか十六柱を祀る。創立年代は不詳ながら平安時代初期と伝えられ、遠江国内の神々を合わせ祀る社として国府祭祀を担った。見付の総社として地域の崇敬を受けている。

所在地
静岡県磐田市見付2451
御祭神
大國主命
系統
出雲
静岡県開運厄除け

熊野神社

くまのじんじゃ

静岡県に鎮座する熊野系の神社です。御祭神は素佐之男命。開運・厄除けのご利益で知られます。

所在地
静岡県掛川市大渕14290
御祭神
素佐之男命
系統
熊野

静岡県で開運の神社を選ぶポイント

開運の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。静岡県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

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