由緒
栃木県佐野市の唐沢山山頂、唐沢山城の本丸跡に鎮座し、平安時代の武将・藤原秀郷公を祀る。秀郷公は延長5年(927年)に下野国の押領使に任じられて父祖伝来のこの地に入り、唐沢山に城を築いて治めたと伝わる。天慶3年(940年)には平貞盛と力を合わせて平将門を討ち(天慶の乱)、その功により下野守に進んで武蔵守も兼ねた。以後およそ700年にわたり子孫の佐野氏が城主を務めたが、慶長年間に居城を春日岡へ移し、慶長19年(1614年)に佐野信吉が改易となって大名家としては断絶した。明治13年(1880年)、子孫の佐野氏と旧臣が秀郷公の遺徳を顕彰するため沢英社・東明会を組織し、明治16年(1883年)に古城本丸跡へ社殿を創建、同年10月25日に御霊を奉斎した。明治23年(1890年)12月1日に別格官幣社に列せられ、以後この地方の守護神として崇敬されている。