Shrine

草戸稲荷神社くさどいなりじんじゃ

広島県に鎮座する稲荷系の神社です。御祭神は保食神、宇加之魂神、大己貴神。商売繁盛・金運・縁結びのご利益で知られます。

由緒

大同2年(807)、平城天皇の御代に明王院の開基・空海上人が同寺の鎮守として祀ったのが始まりと伝えられる。当初は芦田川の中州に鎮座していたが、たびたびの洪水で社殿が流失・破損したため、寛永10年(1633)に福山藩祖・水野勝成が再建し、承応4年(1655)にはその孫にあたる3代藩主・水野勝貞が、父である2代勝俊の病気平癒を祈願して現在地に社殿を遷した。保食神・宇加之魂神・大己貴神を祀り、「平安時代より続く鎮守の杜」として備後福山の信仰を集めている。

基本情報

系統・信仰
稲荷出雲
所在地
広島県福山市草戸町1467番地
アクセス
JR福山駅から車で約10分。山陽自動車道福山東IC・福山西ICから車で約30分、福山SAスマートICから約10分。
受付時間
受付時間は9:00〜16:00。
駐車場
参拝者用駐車場あり(約100台)。車のお祓い専用駐車場や大型車対応の第2駐車場もあり、観光バスでの参拝は事前連絡が必要。
電話番号
084-951-2030

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草戸稲荷神社は何の神様?

草戸稲荷神社の御祭神は保食神宇加之魂神大己貴神です。

大己貴神

国土経営・縁結びの神。大己貴命の別名。出雲大社の主祭神として縁結びのご利益がある。 代表的な神社としては出雲大社、常陸国出雲大社、当別神社などが挙げられます。 総本社格としては出雲大社がよく知られ、各地の出雲系神社の中心的存在です。 別名として「大己貴命」とも記されます。 検索時は 大己貴命 でも参照できます。

年間行事

卯之大祭、節分祭(豆まき)、夏越大祓、草戸八幡神社例大祭、正月行事などが行われる。

よくある質問

草戸稲荷神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

草戸稲荷神社で御朱印はいただけますか?

御朱印あり(受付時間9:00〜16:00)。

草戸稲荷神社の受付時間はいつですか?

受付時間は9:00〜16:00。

草戸稲荷神社にはどのような年間行事がありますか?

卯之大祭、節分祭(豆まき)、夏越大祓、草戸八幡神社例大祭、正月行事などが行われる。

草戸稲荷神社の公式情報はどこで確認できますか?

草戸稲荷神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

草戸稲荷神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

鳥取県縁結び開運

大神山神社

おおがみやまじんじゃ

「大神山」は御神体山である大山の古名で、奈良時代の「出雲国風土記」に「伯耆国大神岳」として現れ、延喜式神名帳にも「伯耆国会見郡 大神山神社」と記載される古社。主祭神は国造りの神・大己貴神。冬期の積雪を避けて山麓に遥拝所や冬期社殿を設けたことが本社の起こりとされ、平安末期には福万原へ遷座して社領千石を有した。神仏習合期には大己貴神の本地仏として地蔵菩薩を祀って「大山権現」と称し、三院180坊・僧兵3

所在地
(本社)鳥取県米子市尾高1025(奥宮)鳥取県西伯郡大山町大山
御祭神
大己貴神
系統
出雲
滋賀県縁結び開運

大國主神社

おおくにぬしじんじゃ

滋賀県高島市新旭町饗庭に鎮座し、大己貴神を主祭神とする神社。火産霊神・豊受大神・天児屋根命・小毘古神・菅原道真公を配祀する。社伝によると慶応4年(1868年)までは山王大権現と称し、その後に大國主神社と改号した。勧請の年代は不詳だが、天授6年(1380年)に田井から現在地へ遷座したと伝える。永正8年(1511年)の「御宮年中行事」には、4月初申日に上郷・下郷によって例祭が行われた旨が記されている。

所在地
滋賀県高島市新旭町饗庭619
御祭神
大己貴神
系統
出雲
愛知県商売繁盛金運

矢作神社

やはぎじんじゃ

社名は日本武尊の東征伝説に由来する。尊が賊退治の矢を求めた際、一匹の蝶が人の姿となって矢作川の中州に生える竹を採ってきて、矢作部がその竹で一夜のうちに一万本の矢を作り献じたと伝えられ、境内には「矢竹」と日本武尊の像が祀られている。江戸時代には幕府直営で行われた矢作橋の掛け替え工事の完成を記念する絵馬が奉納されており、宝暦12年(1762)や天明元年(1781)奉納の絵馬を含む「矢作神社絵馬群」12

所在地
愛知県岡崎市矢作町字宝珠庵1
御祭神
素盞嗚尊、豊受大神
系統
稲荷
兵庫県縁結び開運

伊和神社

いわじんじゃ

播磨国一宮。主祭神の大己貴神は播磨国内を巡歴して国造りを行い、最後に伊和の里で「我が事業は終わった」と仰せられて鎮まったと伝えられ、人々がその神徳を慕って社殿を営んだのが創祀とされる。「我を祀れ」との神託の後、一夜のうちに草木が生い茂り、石の上に二羽の大きな鶴が眠っていた場所に社殿を造営したという伝承があり、創建は成務天皇の甲申年(144)あるいは欽明天皇25年(564)と伝わる。延喜式では明神大

所在地
兵庫県宍粟市一宮町須行名407
御祭神
大己貴神
系統
出雲