Shrine

本居宣長ノ宮もとおりのりながのみや

三重県に鎮座する神社です。御祭神は秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)、神霊能真柱大人(平田篤胤)。開運のご利益で知られます。

由緒

『古事記伝』を著した江戸中期の国学者・本居宣長を神として祀る神社。碩学である宣長を神として祀ろうとする気運は早くからあり、明治初年に川口常文らが主唱して実現した。明治8年(1875)3月、旧山室村にある宣長の奥墓のかたわらに社殿を建て、山室山神社と号したのが創祀である。明治22年(1889)に現在の松阪市役所が建つ地へ遷座し、明治36年(1903)には県社に昇格した。大正4年(1915)、松阪発祥の聖地とされる四五百(よいほ)の森へ遷り、現在地に落ち着いている。昭和6年(1931)に社号を本居神社と改め、戦後の社格廃止と宗教法人化を経て、平成7年(1995)に現在の「本居宣長ノ宮」となった。相殿には宣長の学統を継いだ平田篤胤を祀り、学業成就・合格祈願の神として信仰を集める。境内には、市内の紡績工場から遷された末広稲荷大神も鎮座する。

基本情報

ご利益
開運
所在地
三重県松阪市殿町1533番地2
アクセス
JR・近鉄松阪駅の南口(JR側改札)から徒歩約20分。松阪市役所を過ぎ、松阪城跡の石垣を左折して石垣下を進む。バス利用の場合は松阪駅から約5分、「市役所前」または「市民病院前」下車で徒歩約5分。車では伊勢自動車道松阪ICから約15分。
駐車場
駐車場があります。
電話番号
0598-21-6566

地図はクリックで読み込みます。

Google マップで開く

年間行事

3月の進学祭(正式名は入学祈願祭)、4月8日の宣長まつり、7月7日の学芸向上祭、12月23日の文化祭りなど、学問にちなむ祭事が営まれます。また毎月第二日曜日には境内で「よいほ楽市」が開かれます。

よくある質問

本居宣長ノ宮の参拝前に確認したい情報をまとめます。

本居宣長ノ宮で御朱印はいただけますか?

御朱印を授与しています。

本居宣長ノ宮にはどのような年間行事がありますか?

3月の進学祭(正式名は入学祈願祭)、4月8日の宣長まつり、7月7日の学芸向上祭、12月23日の文化祭りなど、学問にちなむ祭事が営まれます。また毎月第二日曜日には境内で「よいほ楽市」が開かれます。

本居宣長ノ宮の公式情報はどこで確認できますか?

本居宣長ノ宮の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

本居宣長ノ宮に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県開運

陽夫多神社

やぶたじんじゃ

伊賀市東部、旧阿拝郡の谷あいに鎮座する延喜式内社で、伊賀河合郷の総社とされる。社伝では宣化天皇3年(538年)の創建と伝わり、国造の多賀連が祭祀にあたったという。もとは現在地より東の藤山に鎮座していたとされ、藪田神社、高松祇園社、河合天王などとも呼ばれた。主祭神は健速須佐之男命で、五男三女神を配祀するほか、明治期の神社合祀により多くの神々が合わせ祀られている。7月31日から8月1日の祇園祭では三重

所在地
三重県伊賀市馬場951
御祭神
健速須佐之男命、五男三女神
三重県開運

仙宮神社

せんぐうじんじゃ

創建年代は不詳。『天照皇大神御天降記』に記される志摩国の元伊勢伝承地・多古志宮の旧跡地とされ、伊勢神宮外宮の流れを汲む度会神道と関わりが深い。奈津の山中に祀られていた三狐神社(現在は神前神社に合祀)を「下の宮」と呼ぶのに対し、当社は「上の宮」と称される。社伝によれば仁治年間(1240年頃)に官符を賜り、興国・慶長・元和の各年間に諸方から寄進があったが、その記録は安政年間の高津波で流失したという。元

所在地
三重県度会郡南伊勢町河内甲宮山77
御祭神
猿田彦命、大宮比賣命
三重県開運

尾野神社

おのじんじゃ

創立年代は不詳。三重県神社庁が引く『桑名市史』によれば、当社はもともと入江・田宮・船戸の三か村の総社で、三村が合併して東方村となったのち、入江村の人々が尾野入江のほとりで尾野神社を祀ったという。尾野山北の鼻山に鎮座していた社を後に船着大明神の社へ遷して相殿としたとの説もあり、「船着大明神」の別名で呼ばれてきた。境内には御霊と称する前方後円型の古墳があり、往古はその付近に社殿が建っていたと伝える。永

所在地
三重県桑名市大字東方2194
御祭神
天押帯日子命、天照大御神
三重県開運

水屋神社

みずやじんじゃ

社伝では千年余り前に大和・春日大社の安在所として天児屋根命を祀ったことに始まり、大化4年(648年)に奈良の三笠山から素盞鳴命と龍神姫命を勧請したと伝える。和銅3年(710年)に興福寺東門院領「閼伽桶の庄」となり、慶長5年(1600年)の関ヶ原合戦以降は伊勢領に属した。南北朝期、文中2年(1373年)の棟札にも「大和州閼伽桶庄宮」と記されている。垂仁天皇の代に天照大神が当地を巡幸した際、鎮座してい

所在地
三重県松阪市飯高町赤桶2507
御祭神
天児屋根命、素盞鳴尊