由緒
正保3年(1646)6月29日、摂津国佃村(現在の大阪市西淀川区佃)から江戸へ移り住んだ漁民たちと、住吉の社の神職・平岡権大夫好次が奉じてきた分神霊を、この地に祀ったことに始まる。徳川家康と縁の深かった摂津佃の人々は家康の関東下向に従って江戸へ下り、寛永年間に幕府から鉄砲洲の対岸にあたる干潟を与えられて島を築き、故郷にちなんで佃島と名付けた。祀られたのは住吉三神と神功皇后、そして東照御親命すなわち徳川家康である。佃島は江戸湊の入口にあたることから、海運業者や各問屋組合をはじめ多くの人々が海上安全・渡航安全の守り神として信仰を寄せた。その後、月島・勝どき・豊海・晴海と埋め立てが進むにつれ、これらの地域の産土神としても崇敬されるようになった。