由緒
社記によれば、弘仁13年(822年)、嵯峨天皇の勅命により、武田武大神(日本武尊の御子)を祀る祠を桜の御所から現在地へ遷宮し、九州の宇佐神宮(八幡総本宮)を勧請・合祀して創建されたのが起こりで、地名から武田八幡宮と称したと伝わる。貞観年間(859〜877年)には京都の石清水八幡宮の御霊も社中に勧請された。保延6年(1140年)、新羅三郎義光の曾孫にあたる龍光丸が13歳でこの社の神前で元服し「武田太郎信義」と名乗ったことが甲斐武田氏の発祥とされ、韮崎市が甲斐武田氏発祥の地といわれる由来となっている。信義は当社を氏神として尊崇した。御祭神は武田武大神(日本武尊の御子)・誉田別命・足仲津彦命・息長足姫命。現在の本殿は天文10年に武田晴信(信玄)が再興したもので、三間社流造・檜皮葺、木割が雄大で装飾的意匠に優れ室町時代の特色を示すとして国の重要文化財に指定されている。石鳥居・若宮八幡宮本殿・二の鳥居は山梨県指定文化財。