Shrine

武水別神社たけみずわけじんじゃ

長野県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は武水別大神。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

社伝では第8代孝元天皇の御代の鎮斎と伝えられる古社で、主祭神の武水別大神は水を司る神として善光寺平の五穀豊穣と千曲川の氾濫防止を祈って祀られたとされる。安和年間(968〜970年)に京都の石清水八幡宮から相殿神の誉田別命・息長足比売命・比咩大神が勧請され、「八幡宮」として広く崇敬された。延喜式神名帳には名神大社として記載され、社伝では貞観2年(860年)に従五位下の神階を授けられたと伝わる。戦国から江戸時代にはこの地方随一の八幡宮として武将の尊崇が篤く、慶安元年(1648年)には幕府から朱印地200石を与えられた。明治41年に県社に昇格し、現在は神社本庁の別表神社。

武水別神社は何の神様?

武水別神社の御祭神は武水別大神です。

例大祭

9月15日

年間行事

大頭祭(新嘗祭、12月10日-14日)

よくある質問

武水別神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

武水別神社で御朱印はいただけますか?

御朱印は境内の祭儀所で受け付けている。

武水別神社の例大祭はいつですか?

9月15日

武水別神社にはどのような年間行事がありますか?

大頭祭(新嘗祭、12月10日-14日)

武水別神社の公式情報はどこで確認できますか?

武水別神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

武水別神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

長野県勝負運厄除け

芋川神社

いもがわじんじゃ

起源は不詳だが、古くから天照大御神を祀り、芋川地区の総社として崇敬されてきた旧村社。明治40年(1907)には前年の神社合祀に伴い境内を拡張し、本殿と祝詞殿の間に芋川用水を通して同年9月に遷宮の儀式が行われた。平成11年(1999)9月の不審火で幣殿・祝詞殿・拝殿・社務所の4棟を焼失したが、同年12月、諏訪大社下社春宮から御柱祭に合わせて建て替えられる御宝殿の用材を譲り受けて本殿が再建され、平成1

所在地
長野県上水内郡飯綱町大字芋川
御祭神
天照大御神、健御名方富命
系統
八幡
長野県勝負運厄除け

筑摩神社

つかまじんじゃ

社伝では延暦13年(794)、石清水八幡宮から勧請を受けて創建されたと伝わり、「正八幡宮」とも称された。祭神は息長帯比売命(神功皇后)・誉田別命(応神天皇)の八幡神に宗像三女神を合わせた5柱。信濃国府が筑摩郡に移されて以降は「国府八幡宮」とも呼ばれ、室町時代以降は清和源氏の流れをくむ信濃の小笠原氏の祖神として崇敬された。永享11年(1439)に小笠原政康が再建した三間社流造の本殿は松本地方最古の建

所在地
長野県松本市筑摩2-6-1
御祭神
息長帯比売命、誉田別命
系統
八幡
長野県縁結び開運

阿禮神社

あれいじんじゃ

阿禮神社は長野県塩尻市に鎮座する延喜式内社で、旧社格は県社。社伝によれば、素盞嗚命が出雲国簸川上で八岐大蛇を平定した後、科野国塩尻峠西麓の荒彦山に姿を現し、悪鬼を討ち平げたと伝えられ、その神威を尊び祀ったのが起源とされる。もともと『阿礼ノ神』は、四沢川流域で集団生活を営んでいた諏訪族神氏を祖とする氏族が、上流にそびえる五百砥山そのものを御神体として祀ったものともいわれる。文徳天皇の仁寿2年(852

所在地
(前宮)長野県塩尻市塩尻町433-1
御祭神
須佐之男命、大己貴命
系統
出雲
長野県勝負運厄除け

若宮八幡神社

わかみやはちまんじんじゃ

長野県に鎮座する八幡系の神社です。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

系統
八幡