由緒
旧記によれば、文禄年間(1592〜1595)に出雲国意宇郡の熊野大社(現在の島根県松江市)から御分霊を迎えて祀ったのが創建と伝わる。当初は牛頭天王社と呼ばれ、創立以来この地の鎮守として信仰されてきた。明治5年(1872)に村社に列せられ、社号を現在の彌榮神社に改めている。明治43年(1910)には旧岡村の御館神社を合祀した。御祭神は素戔嗚尊と仁徳天皇。7月の夏祭では御神輿と鳳輦を中心とした行列が氏地を巡り、天王寺区餌差町の味原御旅所と生野区勝山北の岡御旅所へ渡御する。鶴橋・桃谷の市街地に鎮まる氏神として、今も地域の祭礼の中心となっている。