Shrine

岸城神社きしきじんじゃ

大阪府に鎮座する八坂系の神社です。御祭神は天照皇大神、素戔嗚尊、品陀別命。厄除け・病気平癒・開運のご利益で知られます。

由緒

岸和田城の東側に鎮座する城下の総鎮守。南北朝時代に京都の八坂神社から素戔嗚尊を勧請して牛頭天王社と称し、岸和田村の鎮守としたのに始まると伝わる。のちに小出秀政が岸和田城を築いた際に八幡大神(品陀別命)を合祀し、明治維新に際して岸城神社と改称した。岸和田だんじり祭の起源には諸説あり、当社は延享2年(1745)に町方が当社の祭礼へ献灯提灯を揚げたことに始まると伝えて「岸和田祭発祥の宮」と称している。宮入りでは、こなから坂を駆け上がるだんじりの姿が名物となっている。岸和田城の別名・千亀利(ちきり)城にちなみ、縁結びの神としても信仰される。

岸城神社は何の神様?

岸城神社の御祭神は天照皇大神素戔嗚尊品陀別命です。

天照皇大神

太陽神にして皇祖神。伊勢神宮の主祭神。国家安泰・五穀豊穣のご利益で知られる最高神。 代表的な神社としては伊勢神宮 内宮、開成山大神宮、東京大神宮などが挙げられます。 神宮としての中心は伊勢神宮 内宮で、全国の神明宮・大神宮の範となる特別な存在です。

素戔嗚尊

嵐の神・海の神。ヤマタノオロチ退治の英雄。厄除け・縁結びのご利益で知られる。 代表的な神社としては八坂神社、大宮氷川神社、川越氷川神社などが挙げられます。 総本社格としては京都の八坂神社が名高く、八重垣神社など出雲系の古社でも存在感の大きい神です。

例大祭

9月14日-15日

年間行事

1月9〜11日の岸和田戎神社十日戎大祭、1月18・19日の厄除勝運祈願大祭(ちぬ輪くぐり)、節分祭、6月30日の夏越大祓式、7月15日の夏宮祭献湯式、敬老の日直前の土日の岸和田祭(だんじり宮入)、11月15日の七五三祝祭などが行われる。

よくある質問

岸城神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

岸城神社の例大祭はいつですか?

9月14日-15日

岸城神社にはどのような年間行事がありますか?

1月9〜11日の岸和田戎神社十日戎大祭、1月18・19日の厄除勝運祈願大祭(ちぬ輪くぐり)、節分祭、6月30日の夏越大祓式、7月15日の夏宮祭献湯式、敬老の日直前の土日の岸和田祭(だんじり宮入)、11月15日の七五三祝祭などが行われる。

岸城神社の公式情報はどこで確認できますか?

岸城神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

岸城神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

大阪府商売繁盛金運

露天神社

つゆのてんじんしゃ

大阪キタの中心、梅田・曽根崎の総鎮守で、通称「お初天神」。社伝によれば、上古に大阪湾へ浮かぶ小島の一つであった現在地に「住吉須牟地曽根ノ神」を祀ったのが始まりで、古代難波の「難波八十島祭」旧跡の一社とされる。創建年代は定かでないが、八十島祭が文徳天皇の嘉祥3年(850年)まで遡り、6世紀の欽明天皇の頃には形が整っていたとされることから、当社の起源もその頃と推察されている。社名は、昌泰4年(901年

所在地
大阪府大阪市北区曽根崎2-5-4
御祭神
大己貴大神、少彦名大神
系統
天神
大阪府勝負運厄除け

野田恵美須神社

のだえびすじんじゃ

公式サイトの社伝によれば、永久元年(1113年)11月20日、この地の開発にあたって大神を勧請し氏神として奉ったのが起源とされる。境内に伝わる御影石の建石には「ゑみすのみや」と刻まれ、側面に「永久三乙未年三月」(1115年)の年紀があることから、平安時代末期には鎮座していたとみられる。祭神は恵美須大神(事代主大神)・天照皇大神・八幡大神の三柱で、創建以来「えびす様」として信仰されてきた。大阪湾が深

所在地
大阪市福島区玉川4丁目1番1
御祭神
恵美須大神、天照皇大神
系統
八幡
兵庫県厄除け病気平癒

須佐之男神社

すさのおじんじゃ

鎮座した年代は明らかでないが、慶長年間(1596〜1615)にはすでに社があったと記録され、明治維新までは牛頭天王社と称していた。境内地は年貢を免除された除地であったと伝わる。主祭神の須佐之男命は祓いを司る神として、家内安全のほか疫病や方位にまつわる災厄を祓う神として広く信仰を集めてきた。相殿には天照皇大神と建御名方神を祀る。古くは土師氏の祖とされる野見宿禰の後裔がこの地に移り住んだと伝えられ、そ

所在地
兵庫県西宮市郷免町2-1
御祭神
須佐之男命、天照皇大神
系統
八坂
滋賀県開運家内安全

坂田神明宮

さかたしんめいぐう

滋賀県米原市宇賀野に鎮座し、内宮に天照皇大神、外宮に豊受毘売命を祀る。社伝によれば垂仁天皇8年、天照大神を淡海の甲可日雲宮からこの地へ遷して2年間奉斎したとされ、その御分霊を祀る旧社として古くは坂田宮・坂田大神宮とも称され、坂田郡の総社として信仰を集めた。大神の鎮座地を求めて諸国を巡った倭姫命の神徳を偲び、倭姫命を祀ったことが当宮の起源とも伝えられる。江戸時代には彦根藩井伊家の崇敬が篤く、享保18

所在地
滋賀県米原市宇賀野835-2
御祭神
天照皇大神、豊受毘売命
系統
伊勢・神明