由緒
社伝では天武天皇の白鳳2年(673)の創建と伝わる古社で、祭神は品陀和気命(応神天皇)ほかを祀る。「足を助ける」に通じる社名から、古くから足・旅・交通安全の守護神として信仰されてきた。室町時代の文正元年(1466)に建立された本殿は三間社流造・檜皮葺で、明治40年に特別保護建造物(現在の国指定重要文化財)に指定された。慶長17年(1612)奉納の絵馬「鉄砲的打図板額」は火縄銃を描いた全国的にも希少なもので、文化財に指定されている。例大祭の足助まつりは4台の山車と火縄銃の実演で知られる。
愛知県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は品陀和気命。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。
社伝では天武天皇の白鳳2年(673)の創建と伝わる古社で、祭神は品陀和気命(応神天皇)ほかを祀る。「足を助ける」に通じる社名から、古くから足・旅・交通安全の守護神として信仰されてきた。室町時代の文正元年(1466)に建立された本殿は三間社流造・檜皮葺で、明治40年に特別保護建造物(現在の国指定重要文化財)に指定された。慶長17年(1612)奉納の絵馬「鉄砲的打図板額」は火縄銃を描いた全国的にも希少なもので、文化財に指定されている。例大祭の足助まつりは4台の山車と火縄銃の実演で知られる。
足助八幡宮の御祭神は品陀和気命です。
第15代天皇。八幡神として信仰される武運の神。全国の八幡宮の祭神として最も広く祀られる。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、宇佐神宮、函館八幡宮などが挙げられます。 八幡信仰の総本宮としては大分の宇佐神宮が名高く、石清水八幡宮や鶴岡八幡宮も代表社として知られます。
10月
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名古屋市緑区、旧鳴海村の氏神として祀られてきた神社。創建年代は不詳だが、貞永元年(1232年)に久野家の初代が社職に就いたという記録が伝わり、境内には樹齢千年を超えると伝えられる大楠が御神木としてそびえる。この大木の存在から、当社が平安時代以前にさかのぼる古社である可能性が指摘されている。『延喜式』神名帳の尾張国愛智郡「川原神社」の比定社の一つにも挙げられている。長く八幡社と呼ばれてきたが、昭和3
広島県三原市糸崎に鎮座し、通称「はちまんさん」と親しまれる。公式の由緒によれば、神功皇后が西征のみぎりに当地へ舟を寄せた際、出迎えた村長・木梨真人が水を献じたという故事にちなみ、天平元年(729年)に豊前国の宇佐神宮(宇佐八幡宮)から御分霊を迎えて創建された。そのときの水を「長井の水」、当地を「長井浦」と称し、長井の浦は風待ちの港として『万葉集』にも詠まれている。長井の浦は井戸崎ともいい、これが現
寛弘年間(1004〜12年)に源頼信が石清水八幡宮の神霊を勧請し、霞ヶ関のあたりに創建したと伝わる。太田道灌の江戸城築城に際して現在地へ遷座した。徳川秀忠の正室崇源院が戦勝祈願の報賽として社殿建立を遺し、その意により寛永11年(1634年)に社殿が造営されている。江戸時代には「江戸八所八幡」の一つに数えられ、八八幡詣として多くの参詣を集めて門前町が栄えた。享保8年(1723年)と文化8年(1811
推古天皇の御代(593〜628年)、宮島の厳島神社とほぼ同じ頃に、入江の奥へ多紀理姫命を海路の守護神として祀ったのが創祀と伝わる。鎌倉時代以前に武蔵国渋谷郷から移り住んだ社家の祖が宇佐八幡宮より八幡神を勧請し、古くから当地に祀られていた「多紀理の宮」と合祀して八幡宮を創建、のちに力箭八幡宮と呼ばれた。神功皇后がこの地で軍船を揃え弓矢(箭)の訓練をしたという伝承から「力箭山」の名が残り、草津の旧名を