由緒
寛弘年間(1004〜12年)に源頼信が石清水八幡宮の神霊を勧請し、霞ヶ関のあたりに創建したと伝わる。太田道灌の江戸城築城に際して現在地へ遷座した。徳川秀忠の正室崇源院が戦勝祈願の報賽として社殿建立を遺し、その意により寛永11年(1634年)に社殿が造営されている。江戸時代には「江戸八所八幡」の一つに数えられ、八八幡詣として多くの参詣を集めて門前町が栄えた。享保8年(1723年)と文化8年(1811年)の火災で被害を受け、昭和20年3月の戦災では社殿を焼失したが昭和28年に復興。平成27年には失われていた御本社神輿を復興し、平成29年に神幸祭を斎行した。令和元年からは「令和の御造替事業」として施設を再建し、令和3年10月29日に本殿遷座祭が斎行された。境内は縄文期の西久保八幡貝塚としても知られる。