基本情報
この神社について
アクセス・参拝情報
- 所在地
- 和歌山県海南市下津町方1101
和歌山県に鎮座する神社です。御祭神は少毘古那神。開運のご利益で知られます。
粟嶋神社の御祭神は少毘古那神です。
10月13日
ひな祭(4月3日)
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紀伊半島中央部、日高川の上流にあたる旧龍神村甲斐ノ川(現在の田辺市龍神村甲斐ノ川)に鎮座する。創建の年代は明らかでない。この一帯は明治22年(1889年)に甲斐ノ川・小家・福井の三地区が合わさって下山路村となった地域で、当社は古くからその氏神として祀られてきた。秋には旧村域の三地区が獅子舞と神輿を繰り出す祭礼が営まれ、山間の集落の結び付きを今に伝えている。なお和歌山県の文化情報アーカイブでは、社名
社伝によれば、允恭天皇8年(419)に熊野権現をこの地に勧請し「田辺の宮」と称し奉ったのが起源とされる。別の古文書では天武天皇の時代(684)に十二殿を構え「新熊野證誠十二所大権現」と称したとも伝わり、本殿の裏手にある仮庵山は古くから龍神信仰の中心地、あるいは祭祀の場・御神体として信仰されてきた。平安時代後期には別当・長範によって熊野三所権現が勧請され、1147年に第18代熊野別当・湛快が就任した
熊野三山は、和歌山県南部に鎮座する熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社の総称で、単独の神社ではない。紀伊半島南部は古来「熊野」と総称される聖域とされ、熊野川の中洲にあった本宮は川を神格化したものとして家津御子大神を、河口近くの新宮(速玉大社)は熊野速玉大神を、大滝の聖水がもつ生産力への信仰を根源とする那智は熊野夫須美(産霊)大神を、それぞれ主神として祀る。平安後期には神仏習合により三社の
和歌山市中之島に鎮座する式内名神大社で、旧社格は県社。御祭神は中津島姫命(市杵島姫命の別名)。伊達神社(和歌山市園部)・静火神社(同和田)とともに「紀三所社」と称された。天正13年(1585年)の豊臣秀吉による紀州攻めで被災したのち、寛永5年(1628年)に再興された。現在の本殿は延宝6年(1678年)の建立で、間口1.8メートルの一間社春日造、銅板葺(もとは檜皮葺)。正面の梁を省いて唐破風を設け