由緒
熊野三山は、和歌山県南部に鎮座する熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社の三社の総称で、単独の神社ではない。紀伊半島南部は古来「熊野」と総称される聖域とされ、熊野川の中洲にあった本宮は川を神格化したものとして家津御子大神を、河口近くの新宮(速玉大社)は熊野速玉大神を、大滝の聖水がもつ生産力への信仰を根源とする那智は熊野夫須美(産霊)大神を、それぞれ主神として祀る。平安後期には神仏習合により三社の神々にも本地仏があてられ、熊野三所(十二所)権現と呼ばれた。三社が互いに三所(十二所)権現を祀り合うことで一体の霊場「熊野三山」となり、「日本第一大霊験所」を称して現世と来世の救いを願う人々の崇敬を集めた。院政期には百度に及ぶ上皇の熊野御幸として信仰が花開き、鎌倉時代以降は庶民にも広まって「蟻の熊野詣」と形容された。