Shrine

衣羽神社えばじんじゃ

広島県に鎮座する神社です。御祭神は市杵島比売命、多紀理比売命、多岐都比売命。開運のご利益で知られます。

由緒

天満川と本川に挟まれた中州にある江波山の北東斜面に鎮座する。平安時代末期の「安芸国神名帳」に見える三位衣羽明神に比定される古社で、正和2年(1313年)以前の鎮座と考えられている。藩政期には「江波明神」と呼ばれたが、明治4年(1871年)に旧称の衣羽神社へ復した。社殿は寛保元年(1741年)に再興され、明治5年に村社、明治41年には神饌幣帛料供進社に指定された。祀るのは宗像三女神で、海上安全を司る神として、干拓が進む以前は島であった江波の漁業と海運に携わる人々の産土神として崇敬を集めてきた。相殿には大国主神や宇迦之御魂神などもあわせて祀られる。

衣羽神社は何の神様?

衣羽神社の御祭神は市杵島比売命、多紀理比売命、多岐都比売命です。

市杵島比売命

天照大御神と素戔嗚尊の誓約から生まれた三柱の女神。海上安全・交通安全のご利益がある。 代表的な神社としては厳島神社、宗像大社、善知鳥神社などが挙げられます。 信仰の中心は福岡の宗像大社で、海上守護の神として厳島神社でも広く親しまれています。

年間行事

旧暦6月29日に祭りが行われます。神輿を御座船に乗せ、曳航する明神丸とともに本川河口の江波港周辺を海上渡御します。子どもたちが岸辺で一斗缶を打ち鳴らして神様の巡行を知らせる「オットーラン」や、江波漕伝馬保存会を中心とした江波音頭の奉納も伴い、江戸時代から250年以上続く行事とされます。

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近隣神社

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京都府交通安全美容

宗像神社

むなかたじんじゃ

京都御苑の南西部、かつての花山院邸跡に鎮座する。社伝では延暦14年(795)、藤原冬嗣が桓武天皇の命を受け、皇居鎮護のために筑前の宗像神(現在の福岡・宗像大社の三女神)を勧請し、自邸である東京第の西南隅に祀ったのが創祀とされる。この邸はのちに東の花山院と西の小一条第に分かれ、『帝王編年記』『日本三代実録』などの古記録には当社の鎮座地が小一条殿と記される。天承元年(1131)に藤原家忠が花山院を伝領

所在地
京都府京都市上京区京都御苑9
御祭神
多紀理比売命、多岐都比売命
系統
厳島
広島県学業成就

廿日市天満宮

はつかいちてんまんぐう

広島県廿日市市の篠尾山に鎮座する天満宮。承久2年(1220年)に藤原親実が厳島神社の神主として着任し、守護神として天神を祀ったことに始まり、天福元年(1233年)に鎌倉の荏柄天神を勧請して篠尾山に社殿を構えたと社伝は伝える。親実は厳島神社の造営のため鎌倉から多くの職人を伴っており、その子孫がこの地に定住したことが廿日市の町の発展の基礎になったとされる。慶安5年(1652年)には町民から寄進を集めて

所在地
広島県廿日市市天神3-2
御祭神
菅原道真
系統
天神
広島県勝負運厄除け

御調八幡宮

みつきはちまんぐう

神護景雲3年(769年)、宇佐八幡宮の神託事件で道鏡の野望を退けた和気清麻呂の姉、和気広虫(法均尼)が備後国へ流された際、この地に留まって宇佐八幡大神を勧請し、弟の赦免を祈願したことに始まると伝わる。宝亀8年(777年)を創建の年とし、以後、八幡庄の鎮守、備後総鎮護の社として崇敬を集めている。天正年間には三原城に滞在した豊臣秀吉が参拝し、境内に桜を手植えしたと伝えられる。木造狛犬一対をはじめ、木造

所在地
広島県三原市八幡町宮内7
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
滋賀県交通安全美容

都久夫須麻神社

つくぶすまじんじゃ

琵琶湖に浮かぶ竹生島に鎮座し、竹生島神社とも呼ばれる。市杵島比売命(弁財天)、宇賀福神、産土神の浅井比売命、龍神を祀る。『総国風土記』は雄略天皇3年(459年)に浅井姫命を祀る小祠が建てられたのを始まりとし、縁起では神亀元年(724年)に天照大神の神託によって市杵島姫命が当島に祀られ、天平3年(731年)に聖武天皇が参拝して神殿を新築し、社前に天忍穂耳命・大己貴命を祀ったと伝える。天平宝字8年(7

所在地
滋賀県長浜市早崎町1665
御祭神
市杵島比売命、宇賀福神
系統
厳島