護國神社
京都府に鎮座する護国系の神社です。開運のご利益で知られます。
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近隣神社
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京都霊山護国神社
明治元年(1868)、明治天皇の御沙汰により、維新に殉じた志士の霊を祀るため京都府や山口・高知・福岡・熊本・鳥取などの諸藩が東山霊山の山上に祠宇を建立したのが創祀で、日本の招魂社の嚆矢とされる。当初は「霊山官祭招魂社」と称し、昭和14年(1939)に内務大臣指定により京都霊山護国神社と改称した。坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允ら明治維新の志士から日清・日露戦争、大東亜戦争に至る戦没者約7万3千柱を祀
- 系統
- 護国
三重縣護國神社
明治2年(1869)、津藩主藤堂高猷が津八幡宮に小祠を建て、戊辰の役で戦死した藩士の御霊を祀ったのが創祀。「招魂社」「官祭招魂社」と社名を改めながら、明治42年(1909)に現在地へ遷座し、昭和14年(1939)に現社名「三重縣護國神社」となった。三重県ゆかりの国事殉難者六万三百余柱の御英霊を祀り、郷土三重の守り神、平和と繁栄の神として崇敬されている。昭和50年(1975)には昭和天皇・香淳皇后の
- 所在地
- 三重県津市広明町387
- 御祭神
- 国事殉難者
- 系統
- 護国
宗像神社
京都御苑の南西部、かつての花山院邸跡に鎮座する。社伝では延暦14年(795)、藤原冬嗣が桓武天皇の命を受け、皇居鎮護のために筑前の宗像神(現在の福岡・宗像大社の三女神)を勧請し、自邸である東京第の西南隅に祀ったのが創祀とされる。この邸はのちに東の花山院と西の小一条第に分かれ、『帝王編年記』『日本三代実録』などの古記録には当社の鎮座地が小一条殿と記される。天承元年(1131)に藤原家忠が花山院を伝領
- 所在地
- 京都府京都市上京区京都御苑9
- 御祭神
- 多紀理比売命、多岐都比売命
- 系統
- 厳島
宇治上神社
宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建
- 所在地
- 京都府宇治市宇治山田59
- 御祭神
- 菟道稚郎子命、応神天皇
- 系統
- 八幡