由緒
明治元年(1868)、明治天皇の御沙汰により、維新に殉じた志士の霊を祀るため京都府や山口・高知・福岡・熊本・鳥取などの諸藩が東山霊山の山上に祠宇を建立したのが創祀で、日本の招魂社の嚆矢とされる。当初は「霊山官祭招魂社」と称し、昭和14年(1939)に内務大臣指定により京都霊山護国神社と改称した。坂本龍馬・中岡慎太郎・木戸孝允ら明治維新の志士から日清・日露戦争、大東亜戦争に至る戦没者約7万3千柱を祀る。山上の霊山墳墓には坂本龍馬・中岡慎太郎らの墓があり、命日の11月15日には墓前で龍馬祭が斎行される。