一宮は、旧国の中で特に重んじられた神社を指す呼び方です。律令国ごとに地域の代表的な神社として崇敬され、旅や地域史をたどるうえで重要な入口になります。
一宮をめぐると、現在の都道府県とは異なる古い地域区分や、土地ごとの信仰の中心が見えてきます。
旧国や地域で特に重んじられた神社。
一宮は、旧国の中で特に重んじられた神社を指す呼び方です。律令国ごとに地域の代表的な神社として崇敬され、旅や地域史をたどるうえで重要な入口になります。
一宮をめぐると、現在の都道府県とは異なる古い地域区分や、土地ごとの信仰の中心が見えてきます。
一宮参拝では、その土地に入る挨拶として参拝する意識がよく合います。旅行や移住、仕事で地域を訪れる際に、その地域の守り神へ挨拶する入口として活用できます。
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丹生都比売神社は丹生都比売大神等を祀る神社。諸災守護・安産のご利益で知られています。
熊野大社は加夫呂伎熊野大神(素戔嗚尊)を祀る神社。縁結び・厄除けのご利益で知られています。
南宮大社は金山彦命を祀る神社。金運・金属業守護のご利益で知られ、神代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
吉備津彦神社は大吉備津彦命を祀る神社。厄除け・五穀豊穣のご利益で知られ、推古天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
吉備津神社は大吉備津彦大神を祀る神社。安産・長寿のご利益で知られ、仁徳天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
大山祇神社は大山積神を祀る神社。海の守護・戦勝祈願のご利益で知られ、推古天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
大麻比古神社は大麻比古大神・猿田彦大神を祀る神社。方除・厄除のご利益で知られ、神武天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
建部大社は日本武尊を祀る神社。開運招福・厄除けのご利益で知られ、316年(景行天皇46年)伝承に創建された由緒ある神社です。
彌彦神社は天香山命を祀る神社。縁結び・仕事運のご利益で知られ、和銅年間(708年 - 715年)以前に創建された由緒ある神社です。
大山積神は古くからこの地に鎮まり、和銅2年(709)8月に雷神・高おかみ神が大三島から迎えられて以来、郡一の宮として崇められてきたと伝わる。この三柱を祭神とし、健御名方神を相殿に祀る。
気多大社は大己貴命を祀る神社。縁結びのご利益で知られ、崇神天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
氣比神宮は伊奢沙別命など七柱を祀る神社。海上安全・農漁業の守護のご利益で知られ、702年(大宝2年)に創建された由緒ある神社です。
真清田神社は天火明命を祀る神社。出世開運・子孫繁栄のご利益で知られ、紀元前628年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
阿蘇神社は健磐龍命ほか十二神を祀る神社。縁結び・厄除けのご利益で知られ、紀元前281年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
高瀬神社は大己貴命を祀る神社。縁結び・医療のご利益で知られ、景行天皇の時代(伝承)に創建された由緒ある神社です。
社伝によれば、慶雲4年(707年)、麿子親王によって創建されたと伝わる古社である。祭神の大己貴神は大国主神の別名としても知られ、国土経営に関わる神として信仰されてきた。江戸時代には三輪明神とも呼ばれ、福知山藩の鎮守として藩主から篤い崇敬を受けた。正徳4年(1714年)の火災で本殿をはじめ境内の建物をすべて失い、現在の本殿は享保3年(1718年)に再建されたもの。明治以降は旧社格府社に列せられた。境内の花崗岩製の石燈籠は鎌倉時代のものとみられ、市内最古の石燈籠として福知山市の文化財に指定されている。
文武天皇の慶雲4年(707年)、この地に社殿を創建して鏡作神を奉斎したと伝えられる。相殿に天糠戸神・石凝姥神を配祀する。平安時代には官社に列し、延喜式神名帳では美作国唯一の名神大社として記載され、美作国一宮と称される。永保元年(1081年)には正一位の神階を授けられた。平安時代の『今昔物語集』に載る猿神伝説の舞台としても知られ、古くから鍛金・冶金や牛馬の守護神として中国地方一円の崇敬を集めてきた。
但馬国一宮で、地元では「いっきゅうさん」とも呼ばれる。祭神は、朝鮮半島から渡来したと伝わる天日槍命と、天日槍がもたらしたとされる八種の宝を祀る伊豆志八前大神で、天日槍と八種の宝は『古事記』『日本書紀』にも記されている。天日槍命は、泥の海だった但馬で円山川河口の瀬戸と津居山の間の岩山を切り開き、濁流を日本海へ流して今の但馬平野を生み出したと伝えられ、治水や産業を興した神として崇敬されてきた。現在の社殿は大正3年(1914)の再建で、三間社流造の本殿、舞殿形式で入母屋造の拝殿、丹塗りの八脚門の神門が並ぶ。国光作の脇差(国指定重要文化財)や条里制の古地図が伝わり、境内北東隅には約600坪の禁足地があって、今も草木を刈ることが許されていない。
河内国一之宮とされる枚岡神社の起こりは、神武天皇の即位3年前と伝わる。東征の途上、天皇の命を受けた天種子命が国土平定を祈り、霊地とされる神津嶽(かみつだけ)に磐境を設けて天児屋根命と比売御神を祀ったのが始まりという。白雉元年(650)に平岡連らによって山麓の現社地へ遷り、神護景雲2年(768)に二神が春日の地に迎えられて春日神社(現・春日大社)に祀られたことから「元春日」と呼ばれる。宝亀9年(778)には春日から武甕槌命と経津主命(斎主命)を迎えて四殿となった。延喜式神名帳では名神大社に列し、明治4年(1871)に官幣大社となっている。鎌倉時代には西大寺の叡尊が蒙古襲来に際して当社で敵国降伏を祈ったと伝えられる。
都農神社は宮崎県児湯郡都農町に鎮座し、延喜式神名帳にその名が記される式内社で、旧社格は国幣小社。日向国一之宮として古くから崇敬を集めてきた。御祭神は大己貴命で、国土の経営や人々の暮らしを支えた神として知られる。社伝によれば、神武天皇が東征に出立する際にこの地に立ち寄り、国土の平安と武運長久を祈願したことが創建の由来と伝わる。日向国における最も社格の高い神社として、古代より地域の信仰の中心であり続け、時代を経て現在も『日向国一之宮』の名にふさわしい風格ある社殿と杜を伝えている。
旧国の中で最も格式が高い、または特に重んじられた神社を指す呼称です。地域の信仰や行政的な歴史と深く関わります。
現在の都道府県単位ではなく、旧国単位で考えます。そのため一つの県に複数の一宮がある場合もあります。
地域の中心的な神社をたどることで、古代から中世の国のまとまり、祭神、土地の歴史を横断して理解できる点です。