由緒
社伝では舒明天皇9年(637年)の創建と伝わる古社。この地に星が降り、それを祀ったのが始まりという伝承があり、落下した隕石を神格化したものとみる説もある。祭神の天津甕星神は、記紀で葦原中国平定の際に最後まで抵抗したとされる星の神で、『愛知郡誌』は国常立命と香々背男神の二柱を祭神とする。かつては現在の笠寺小学校付近に鎮座していたが、星崎城の築城にあたって現在地へ移されたと伝えられる。星崎の岬の突端にあたる地で、里人が灯した常夜燈が灯台の役目を果たしたとも伝わる。境内には上知我麻社・下知我麻社をはじめ九つの社が鎮座し、熱田神宮の境内社である上知我麻神社・下知我麻神社の元宮とする説もある。