Shrine

伊奈冨神社いのうじんじゃ

三重県に鎮座する神社です。御祭神は保食神大国道命。開運のご利益で知られます。

由緒

社伝では崇神天皇5年に神路ヶ岡へ三社が鎮祭されたことに始まると伝える古社。主祭神の保食大神は「稲生の大神」と称され、あらゆる食物、とりわけ稲の稔りを守る神として五穀豊穣・商売繁盛・家内安全・厄除開運の信仰を集めてきた。平安時代の天長年間には弘法大師が参籠して菩薩堂を建てたと伝え、貞観7年(865年)に従四位下を授けられ、『延喜式』神名帳に載る式内社となった。鎌倉時代には正一位に昇り、文永11年(1274年)には三社それぞれに勅額が下賜された。江戸時代には紀伊徳川家から造営料銀が寄進されて三社の大造営が行われている。明治6年に郷社、明治37年に県社に列した。男神坐像と扁額三面は国の重要文化財。境内は「つつじ山」とも呼ばれ、約5000株の紫つつじが群生する三重県指定名勝である。

基本情報

この神社について

御祭神
保食神大国道命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
三重県鈴鹿市稲生西2-24-20
アクセス
伊勢鉄道鈴鹿サーキット稲生駅から徒歩約5分。近鉄白子駅からC-BUSベルシティ行きで約10分、稲生局前バス停下車、徒歩約5分。車では鈴鹿ICから鈴鹿サーキット方面へ約30分。
受付時間
社務所の受付時間は8:30〜17:00。
駐車場
神社東側の正面入口に参拝者用駐車場があり、常時30台分(近くにさらに10台分)を確保している。繁忙期には境内周辺に臨時の駐車場を設ける。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
inou-jinja.com
電話番号
059-386-4852

例大祭

4月16日

年間行事

4月上旬から中旬にかけて「つつじまつり」が開かれ、雅楽の奉納演奏や茶会、子どもみこしなどが催されるほか、16日の御例祭のあとには餅撒きが行われる。このほか夏越の大祓式、天王祭、観月会などがある。

よくある質問

伊奈冨神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

伊奈冨神社の受付時間はいつですか?

社務所の受付時間は8:30〜17:00。

伊奈冨神社の例大祭はいつですか?

4月16日

伊奈冨神社にはどのような年間行事がありますか?

4月上旬から中旬にかけて「つつじまつり」が開かれ、雅楽の奉納演奏や茶会、子どもみこしなどが催されるほか、16日の御例祭のあとには餅撒きが行われる。このほか夏越の大祓式、天王祭、観月会などがある。

伊奈冨神社の公式情報はどこで確認できますか?

伊奈冨神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

伊奈冨神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県開運

陽夫多神社

やぶたじんじゃ

伊賀市東部、旧阿拝郡の谷あいに鎮座する延喜式内社で、伊賀河合郷の総社とされる。社伝では宣化天皇3年(538年)の創建と伝わり、国造の多賀連が祭祀にあたったという。もとは現在地より東の藤山に鎮座していたとされ、藪田神社、高松祇園社、河合天王などとも呼ばれた。主祭神は健速須佐之男命で、五男三女神を配祀するほか、明治期の神社合祀により多くの神々が合わせ祀られている。7月31日から8月1日の祇園祭では三重

所在地
三重県伊賀市馬場951
御祭神
健速須佐之男命、五男三女神
三重県開運

仙宮神社

せんぐうじんじゃ

創建年代は不詳。『天照皇大神御天降記』に記される志摩国の元伊勢伝承地・多古志宮の旧跡地とされ、伊勢神宮外宮の流れを汲む度会神道と関わりが深い。奈津の山中に祀られていた三狐神社(現在は神前神社に合祀)を「下の宮」と呼ぶのに対し、当社は「上の宮」と称される。社伝によれば仁治年間(1240年頃)に官符を賜り、興国・慶長・元和の各年間に諸方から寄進があったが、その記録は安政年間の高津波で流失したという。元

所在地
三重県度会郡南伊勢町河内甲宮山77
御祭神
猿田彦命、大宮比賣命
三重県開運

尾野神社

おのじんじゃ

創立年代は不詳。三重県神社庁が引く『桑名市史』によれば、当社はもともと入江・田宮・船戸の三か村の総社で、三村が合併して東方村となったのち、入江村の人々が尾野入江のほとりで尾野神社を祀ったという。尾野山北の鼻山に鎮座していた社を後に船着大明神の社へ遷して相殿としたとの説もあり、「船着大明神」の別名で呼ばれてきた。境内には御霊と称する前方後円型の古墳があり、往古はその付近に社殿が建っていたと伝える。永

所在地
三重県桑名市大字東方2194
御祭神
天押帯日子命、天照大御神
三重県開運

本居宣長ノ宮

もとおりのりながのみや

『古事記伝』を著した江戸中期の国学者・本居宣長を神として祀る神社。碩学である宣長を神として祀ろうとする気運は早くからあり、明治初年に川口常文らが主唱して実現した。明治8年(1875)3月、旧山室村にある宣長の奥墓のかたわらに社殿を建て、山室山神社と号したのが創祀である。明治22年(1889)に現在の松阪市役所が建つ地へ遷座し、明治36年(1903)には県社に昇格した。大正4年(1915)、松阪発祥

所在地
三重県松阪市殿町1533番地2
御祭神
秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)、神霊能真柱大人(平田篤胤)