由緒
社伝では崇神天皇5年に神路ヶ岡へ三社が鎮祭されたことに始まると伝える古社。主祭神の保食大神は「稲生の大神」と称され、あらゆる食物、とりわけ稲の稔りを守る神として五穀豊穣・商売繁盛・家内安全・厄除開運の信仰を集めてきた。平安時代の天長年間には弘法大師が参籠して菩薩堂を建てたと伝え、貞観7年(865年)に従四位下を授けられ、『延喜式』神名帳に載る式内社となった。鎌倉時代には正一位に昇り、文永11年(1274年)には三社それぞれに勅額が下賜された。江戸時代には紀伊徳川家から造営料銀が寄進されて三社の大造営が行われている。明治6年に郷社、明治37年に県社に列した。男神坐像と扁額三面は国の重要文化財。境内は「つつじ山」とも呼ばれ、約5000株の紫つつじが群生する三重県指定名勝である。