Shrine

石作神社・玉作神社いしつくりじんじゃ たまつくりじんじゃ

滋賀県に鎮座する神社です。御祭神は天火明命、玉祖命。開運のご利益で知られます。

由緒

創祀の年代は遠く、詳らかでない。石作神社の祭神・天火明命は石作連の祖神で、この地はかつて石作郷と称し、『延喜式神名帳』の近江国伊香郡46座のなかに石作神社の名が見える。玉作神社も同帳に載る古社で、玉作連の祖とされる玉祖命を祭神とする。付近の水田の中には「石作」と呼ばれる小丘が残り、古来より浄地として犯してはならないと伝えられてきた。石作部・玉作部は上代文化を地方へ伝えた人々とされ、両社がこの地に並び立つことは、伊香郡の上代文化の中心がどこにあったかを示すものだという。中世以降はたびたび戦禍に遭って社運が傾いたが、その都度再建・再興が試みられて今日に至る。明治9年に村社、明治18年に郷社、大正11年には県社へ昇格した。

石作神社・玉作神社は何の神様?

石作神社・玉作神社の御祭神は天火明命、玉祖命です。

天火明命

尾張国の神。尾張大社の神として祝われる。山・海の守護神。 代表的な神社としては真清田神社が挙げられます。

例大祭

4月5日

年間行事

オコナイ(2月4日)

石作神社・玉作神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

滋賀県勝負運厄除け

沙沙貴神社

ささきじんじゃ

少彦名神・大毘古神・仁徳天皇・宇多天皇・敦実親王の四座五柱を「佐佐木大明神」と総称して祀る。延長5年(927)にまとめられた延喜式神名帳に名が載り、少彦名神がササゲの莢の舟で海を渡ってササキの郷に来たという伝承が残る。古くは沙沙貴山君の祖神とされる大毘古神を祀ったのが始まりとみられる。平安時代に宇多天皇の流れをくむ源成頼が佐々木庄に住み、孫の経方が佐々木を名乗って神主を務めて以来、宇多源氏・佐佐木

所在地
滋賀県近江八幡市安土町常楽寺1
御祭神
佐佐木大明神(少彦名命、大毘古神
系統
八幡
滋賀県開運

還来神社

もどろぎじんじゃ

祭神の藤原旅子は太政大臣・藤原百川の娘で、桓武天皇の妃となり淳和天皇を生んだ。社伝によれば、龍華の荘(現在の大津市伊香立途中町・上龍華町・下龍華町)は藤原氏の食邑地で旅子の生誕地にあたり、延暦7年(788年)に没した際「生地である比良南麓の梛の大木の下に葬れ」と遺命したことから、この地に神霊として祀られたという。平治の乱(1159年)で敗走した源義朝の一行が当社で白羽鳴鏑の矢を献じて武運長久を祈り

所在地
滋賀県大津市伊香立途中町518
御祭神
藤原旅子霊
滋賀県開運

鹽津神社

しおつじんじゃ

創祀の年代は不詳ですが、『延喜式神名帳』に近江国浅井郡の式内社として記される「鹽津神社」の論社とされ、香取神社・香取五神社とともに比定候補に挙げられています。祭神は製塩や航海を司るとされる塩土老翁神で、彦火火出見尊と豊玉姫尊を配祀します。鎮座地の塩津浜は琵琶湖の最北端にあたり、日本海側と湖上水運を結ぶ港として古くから開けた土地で、社名も地名と結びついています。近代の社格では明治9年(1876年)に

所在地
滋賀県長浜市西浅井町塩津浜547
御祭神
塩土老翁神、彦火火出見尊
滋賀県開運

上許曾神社

かみこそじんじゃ

近江国浅井郡に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に載る近江国155座のうち浅井郡14社の一つに数えられる。社伝によれば桓武天皇の延暦8年(789年)、参議・橘奈良麻呂が詔を受けて草野姫命を勧請し、上許曽社と称したのが創建という。仁寿元年(851年)には正六位を授けられたと伝わる。治承年間(1177〜81年)に相殿として4柱の神を合わせ祀った。一帯は古く草野郷・上草野郷、のちに上許曽庄などと呼ばれた

所在地
滋賀県長浜市高山町2
御祭神
草野姫命