Shrine

沙沙貴神社ささきじんじゃ

滋賀県に鎮座する八幡系の神社です。御祭神は佐佐木大明神(少彦名命、大毘古神、仁徳天皇(大鷦鷯尊)。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

沙沙貴神社は、少彦名神をはじめ四座を祀る近江の古社。神話では少彦名神がササゲの莢に乗ってササキの郷へ来たと伝えられる。佐佐木氏・佐々木源氏の氏神として全国の佐々木姓の人々から崇敬されてきた。

例大祭

沙沙貴十二座の神事(4月第3土曜日・日曜日、10月第3日曜日)

年間行事

近江源氏祭(10月第2日曜日) 沙沙貴まつり(4月)で神輿渡御や佐々木十二座式、管弦祭などの神事を実施。

よくある質問

沙沙貴神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

沙沙貴神社の例大祭はいつですか?

沙沙貴十二座の神事(4月第3土曜日・日曜日、10月第3日曜日)

沙沙貴神社にはどのような年間行事がありますか?

近江源氏祭(10月第2日曜日) 沙沙貴まつり(4月)で神輿渡御や佐々木十二座式、管弦祭などの神事を実施。

沙沙貴神社の公式情報はどこで確認できますか?

沙沙貴神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

沙沙貴神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

滋賀県厄除け病気平癒

大笹原神社

おおささはらじんじゃ

滋賀県野洲市大篠原に鎮座する旧郷社。創建年代は明らかでないが平安時代中期と伝え、寛和2年(986年)に越智諸実が社殿を再建して社領を寄進したという。現在の本殿は室町時代中期の応永21年(1414年)の建立で、六角氏の家臣で岩倉城主の馬淵定信を願主として再建されたと伝わる。桁行三間・梁間三間、一重の入母屋造、向拝一間、檜皮葺。彩色を施さない素木造だが、欄間や戸の意匠、各所に配された彫刻の手法が優れ、

所在地
滋賀県野洲市大篠原2375
御祭神
速須佐之男命、稲田姫命
系統
八坂
滋賀県勝負運厄除け

宇佐八幡宮

うさはちまんぐう

治暦元年(1065)、前九年の役ののち近江国錦織郷に館を構えた源頼義が、九州の宇佐神宮から八幡神(応神天皇)を勧請し、産土神として創建したと伝わる。社地を探していた頼義を神鳩が現れて導いたといい、以来この山は宇佐山と呼ばれるようになった。宇佐山の中腹に本殿と上拝殿、山麓に下拝殿と鳥居があり、「むしはちまん」とも称されて子どもの守り神として信仰される。本殿の両脇には子どもの成長を祈願する土鳩の人形が

所在地
滋賀県大津市錦織1-15
御祭神
八幡大神(応神天皇)
系統
八幡
滋賀県勝負運厄除け

賀茂神社

かもじんじゃ

社伝によれば奈良時代、聖武天皇の勅命により陰陽道の祖とされる吉備真備が災厄を封じる国の中心地としてこの地を選定し、社殿を造営して賀茂皇大神を迎え祀ったのが創建で、約1300年の歴史をもつ。祭神は賀茂建角身命・賀茂玉依比賣命・賀茂別雷命・火雷命。この地は天智天皇が日本で初めて馬の国営牧場を設けた地と伝えられ、「馬の聖地」として馬事関係者の信仰を集める。例祭の賀茂祭では、平安時代に京都・上賀茂神社で始

所在地
滋賀県近江八幡市加茂町1691
御祭神
賀茂建角身命、賀茂玉依比賣命
系統
八幡
滋賀県勝負運厄除け

大荒比古神社・鞆結神社

おおあらひこじんじゃ ともゆいじんじゃ

大荒比古神社・鞆結神社は、滋賀県高島市マキノ町浦に鎮座する、大荒比古神社と鞆結神社の二社を合わせ祀る神社である。社伝によれば仲哀天皇の時代に創建されたと伝わり、のちにこの一帯を指す鞆結郷の総社として崇敬を集めてきた。大荒比古神社には豊城入彦命・大荒田別命・大己貴命・須勢理姫命が祀られ、須佐男命と菅原道真公が配祀されている。一方の鞆結神社の主祭神は誉田別命(応神天皇)である。両社はともに平安時代の延

所在地
滋賀県高島市マキノ町浦627
御祭神
(大荒比古神社)豊城入彦命、大荒田別命 外
系統
八幡