兵庫県の神社
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兵庫県の神社一覧
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柳原蛭子神社
神戸市兵庫区の柳原、兵庫津の道と西国街道が交わる要地に鎮座する。平安時代以来の良港であった大輪田泊は、平清盛による港湾整備を経て「兵庫津」として海陸の要衝に発展し、当社はその西の玄関口にあたる柳原惣門の前に位置していた。創建年代は明らかでないが、元禄5年の兵庫津「寺社改帳」に社名が見えることから、それ以前から祀られていたことが分かる。社伝では蛭子命が淡路の島より津国へ遷って一社が創建されたと伝え、かつては毎年8月22日に西宮神社からの神幸渡御が行われ、当時の社地であった西宮内町が神輿の行在所となっていた。その後、現在の柳原の地へ遷座している。江戸時代後期の光格天皇の御代には奉幣勅使の代参もあり、福徳守護の神として信仰が広がった。今日では「柳原のえべっさん」の名で親しまれている。
- 所在地
- 兵庫県神戸市兵庫区西柳原町5-20
- 御祭神
- 蛭子大神、大物主大神
- 系統
- 恵比寿
須佐之男神社
鎮座した年代は明らかでないが、慶長年間(1596〜1615)にはすでに社があったと記録され、明治維新までは牛頭天王社と称していた。境内地は年貢を免除された除地であったと伝わる。主祭神の須佐之男命は祓いを司る神として、家内安全のほか疫病や方位にまつわる災厄を祓う神として広く信仰を集めてきた。相殿には天照皇大神と建御名方神を祀る。古くは土師氏の祖とされる野見宿禰の後裔がこの地に移り住んだと伝えられ、その縁故から子爵の五條為栄が参拝して自ら若松を植え、変わらぬ契りを記した碑が境内に残されている。阪神本線の香櫨園駅から北西へ700mほどの西宮市郷免町に鎮座する。
- 所在地
- 兵庫県西宮市郷免町2-1
- 御祭神
- 須佐之男命、天照皇大神
- 系統
- 八坂
東天神社
兵庫県神社庁の由緒によれば、天平年間に行基が昆陽池をはじめ猪名野笹原一帯を開拓した際、その事業成就を祈願する場として設けられたと伝わる神社です。昆陽村の東の氏神にあたり、市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子の範囲としてきました。昆陽村にはもう一つの氏神として西天神社があり、東西で対をなしています。祭神の伊弉諾尊・伊弉冊尊は夫婦神で万物を生んだ祖神とされることから、息災延命長寿の信仰を集めてきました。境内手前には「左 中山 三田 小濱 有馬」「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれた角柱型の道標が立ち、本殿の背後には「庚申祭所」と刻まれた昆陽村の庚申碑の一つが祀られています。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽4-1
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
魚吹八幡神社
神功皇后摂政3年(202年)、皇后が神託を受けて宇須伎津の浄地を開き、小さな社を建てて玉依比賣命を祀り敷嶋宮と号したのが起こりと伝えられる。のちに仁徳天皇7年(319年)、応神天皇(品陀和氣命)と神功皇后(息長足比賣命)を合わせ祀り、現在の三柱となった。播磨地方でも最大級の24か町・1万数千戸におよぶ氏子圏を持ち、当社の祭礼に漁民が一斉に休漁して網を干して参詣したことが「網干」の地名の由来と伝えられる。10月21日・22日の秋季例祭は「ちょうちん祭り」として知られ、宵宮では楼門前で提灯を叩き合う「提灯練り」が繰り広げられる。本宮には18台の屋台が集まり、楼門前や本殿前で「チョーサー」の掛け声とともに練り合わされる。
- 所在地
- 兵庫県姫路市網干区宮内193
- 御祭神
- 応神天皇、神功皇后
- 系統
- 八幡
粒坐天照神社
社伝では推古天皇2年(594年)、この地の有力者・伊福部連駁田彦が神託を受けて創祀したと伝える。神託とともに稲種と水田を授かって耕したところ一粒万倍の大豊作となり、そこから一帯が「イイボ(粒・飯穂・揖保)」と呼ばれるようになったという伝承が残る。社名の「粒坐」は「粒(揖保の郡)に坐す」の意で、揖保の地名の語源ともされる。主祭神は天照国照彦火明神で、稲穂が熟して赤らむ「穂明かり」に由来する稲作・五穀豊穣の神として信仰されてきた。『延喜式』神名帳に載る名神大社にして朝廷の崇敬も厚く、近代社格では県社に列した。伊和神社・海神社とともに播磨三大社と称される。明治12年(1879年)に神仏分離を受けて現在の社号に復し、龍野の町を見下ろす日山(白鷺山)に鎮座している。
- 所在地
- 兵庫県たつの市龍野町日山449-1
- 御祭神
- 天照国照彦火明神
- 系統
- 伊勢・神明
気多神社
兵庫県豊岡市日高町上郷に鎮座する式内社で、但馬国の総社にあたる。旧社格は郷社。主祭神は大己貴命で、地元では「けたさん」と呼ばれ、近世までは「総社気多大明神」と称された。総社とは一国の主要な神社の神々を集めて祀る神社のことで、但馬国府が置かれたこの地域の中心的な社として崇敬されてきた。延長5年(927年)成立の『延喜式』神名帳には但馬国気多郡の「気多神社」として記載され、式内社に列している。『播磨国風土記』宍禾郡御方里条には、葦原志許乎命(大己貴命)と天日槍命が黒葛を投げ合って国を占う争いをし、葦原志許乎命の投げた黒葛3本のうち1本が但馬の気多郡に落ちたという伝承が記され、郡名を冠するこの社が相当古くから鎮座していたことをうかがわせる。鎌倉時代の『但馬国太田文』によれば、大般若田4町、三十講田1町5反という社領があったとされる。
- 所在地
- 兵庫県豊岡市日高町上郷字大門227
- 御祭神
- 大己貴命
- 系統
- 出雲
大石神社
兵庫県赤穂市、旧赤穂城内の大石内蔵助屋敷跡に鎮座する神社。明治天皇の宣旨を契機として明治33年(1900年)に神社創立が公許されたが、造営資金が集まらず着工は明治43年(1910年)にずれこみ、大正元年(1912年)11月に四十七義士命を祀る神社として鎮座した。主祭神は大石内蔵助良雄以下四十七義士命と、討ち入り前に自刃した中折の烈士・萱野三平命。あわせて赤穂藩主浅野長直・長友・長矩の三代と、その後に赤穂を治めた森家の先祖で本能寺の変に散った森蘭丸ら七代の武将を合祀する。大石邸庭園には、元禄7年(1694年)に大石内蔵助が笠間から勧請したと伝える大石稲荷社が鎮座する。かつて藩民の信仰を集めた七つの古社は平成12年(2000年)に境内社合祀殿へまとめられ、山鹿素行命を祀る山鹿社や天満宮、八田社などが並ぶ。大願成就の神として広く信仰を集めている。
- 所在地
- 兵庫県赤穂市上仮屋旧城内
- 御祭神
- 大石内蔵助良雄以下四十七士命、萱野三平
阿閇神社
兵庫県加古郡播磨町本荘に鎮座し、海上交通の守護神である住吉三神(底筒男命・中筒男命・上筒男命)と、神功皇后である息長帯姫命を祀る。江戸時代初めに建てられた本殿は、一間社春日造・檜皮葺の同形の社殿が一直線に四棟並び、それらを廊橋で結んだ全国的にも珍しい構成で、四棟まとめて兵庫県指定文化財(建造物)となっている。毎年10月に行われる秋祭りは、享保15年(1730)に東本庄村の庄屋・梅谷七右衛門清政が、100年余り途絶えていた祭りを復活させたものと伝えられ、現在まで地域に受け継がれている。
- 所在地
- 兵庫県加古郡播磨町本荘4丁目11-21
- 御祭神
- 底筒男命、中筒男命
- 系統
- 住吉
高砂神社
社伝によれば、神功皇后が外征からの帰途にこの地へ船を寄せ、加護を受けた大己貴命を国家鎮護のために祀ったのが始まりとされる。天禄年間(970〜972)に疫病が流行した際、神託により素盞嗚命と奇稲田姫命を合わせ祀ったところ疫病が鎮まったと伝わる。文禄元年(1592)には豊臣秀吉が朝鮮出兵に際して参拝し、戦勝を祈願したと伝えられる。慶長6年(1601)、姫路城主の池田輝政が社地に高砂城を築くことを定めて社領を寄進し、慶長10年(1605)の築城にともなって社殿は西北の松林へ移された。元和元年(1615)の一国一城令で高砂城が廃されたのち、寛永2年(1625)に姫路藩主本多忠政が社領を寄進して旧地へ戻している。境内の「相生の松」は一つの根から雌雄二本の幹が立つ松で、尉(伊弉諾尊)と姥(伊弉冊尊)が宿る霊松と伝えられ、謡曲『高砂』ゆかりの社として知られる。現在の松は5代目にあたる。旧社格は県社。
- 所在地
- 兵庫県高砂市高砂町東宮町190
- 御祭神
- 大己貴命、素盞嗚命
- 系統
- 出雲
清水神社
創建の年代は明らかでない。江戸時代の初めに、古くからこの地で祀られていた帝釈天と、他村から迎えた王子権現を合わせ祀ったのが始まりと伝えられ、近世を通じて王子権現宮と称された。主祭神は大己貴命で、顕宗天皇と仁賢天皇を配祀する。明治44年(1911)には元清水神社を合祀している。新田開発の進んだ魚住の地で村の鎮守として信仰され、田植えを終えた6月下旬には豊作を祈る「おくわはん」の神事が今も続けられている。この行事は江戸時代に始まったとされ、明石市の無形民俗文化財に指定されている。例祭は10月17日。現在は近隣の住吉神社が兼務している。
- 所在地
- 兵庫県明石市魚住町清水886
- 御祭神
- 大己貴命、顕宗天皇
- 系統
- 出雲
西天神社
兵庫県伊丹市昆陽北に鎮座し、伊弉諾尊を主祭神、伊弉冊尊を配祀神として祀る。創立年代は明らかでないが、明治6年(1873)に村社へ列格したことが記録されている。国道171号に沿った一帯、住友電工の西側に広がる社叢の中に鎮座する。同じ昆陽の地には東天神社(伊丹市昆陽4-1)も鎮座しており、いずれも兵庫県神社庁の包括神社として登録されている。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽北1-128
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
御厨神社
創立の年月は火災で記録を失い不詳。社伝によれば、神功皇后が西征の途中に二見浦へ船を寄せて船子を集め兵糧を調えた際、土地の人々が食物を献じたことに由来し、神饌を調える場所を意味する「御厨」が社名になったと伝える。伊勢神宮の御厨(荘園)であったとする説もある。貞観年間(859〜877)に八幡宮を勧請し、延喜元年(901)に大宰府へ左遷される途上の菅原道真が船を二見浦へ寄せて社地に上陸したという所縁から、寛和年間(985〜987)に天満宮を勧請したと伝わる。長暦年間(1037〜1040)に現在地の「卯の花の森」へ遷り、以後は誉田別命・菅原道真・素盞嗚命の三座を相殿に祀る。道真が一夜を明かしたという「仮寝の岡」の伝承が残り、船頭や回船業者など海運関係者の信仰も集めてきた。境内には紅梅・白梅があり、紅梅は2月上旬から中旬、白梅は2月中旬から3月上旬に見頃を迎える。
- 所在地
- 兵庫県明石市二見町東二見1323
- 御祭神
- 誉田別命(応神天皇)、菅原道真
舞子六神社
創建の詳しい経緯は記録の散逸により不明だが、社に伝わる神具の銘から元禄2年(1689年)にはすでに祀られていたことが分かる。江戸時代前期から中葉にかけて、播州明石郡山田村の総鎮守として六社大明神の社を建て、六柱の神を祀ったのが創始とされる。明治初年の神仏分離令により明神号が廃されて六社神社となり、明治7年(1874年)2月に現在の社名である舞子六神社と改称した。明治10年(1877年)には落雷による火災で社殿を焼失し、のちに再建されている。明石海峡を望む高台に鎮座し、「まいこむの宮」の呼び名でも親しまれている。
- 所在地
- 兵庫県神戸市垂水区西舞子1丁目5-7
- 御祭神
- 伊邪那岐大神、伊邪那美大神
東天神社
伊丹市の昆陽(こや)に鎮座し、昆陽村の東の氏神として崇敬されてきた神社。社伝では天平年間(729〜749年)に僧・行基が昆陽池と周辺の原野を開いた際、事業成就を祈願して創建されたと伝わる。昆陽村には東西二つの天神社があり、当社は市場町・辻町・大工町・中町・東町を氏子域とし、西天神社と対をなしていた。祭神は伊弉諾尊と伊弉冊尊で、万物を生み出した祖神として信仰を集める。門前には角柱型の道標が立ち、南面に「左 中山 三田 小濱 有馬」、西面に「右 大坂 尼ヶ崎」と刻まれ、有馬へ向かう街道の分岐点であったことを今に伝える。本殿の背後には昆陽村の庚申碑の一つも祀られており、これらの石造品は伊丹市の文化財として紹介されている。現在の本殿は1970年(昭和45年)に鉄筋コンクリート銅板葺で改築されたもの。
- 所在地
- 兵庫県伊丹市昆陽4丁目1番地
- 御祭神
- 伊弉諾尊、伊弉冊尊
- 系統
- 天神
売布神社
推古天皇18年(610)の創建と伝わる古社で、延喜5年(905)制定の延喜式神名帳に摂津国の式内社として記載され、官幣社として神祇官から幣帛を供進された。主祭神は高比売神(下照姫神)、配祀神は天稚彦神。文徳天皇の綸旨以降代々の天皇の崇敬を受け、源頼朝の命を機に庶民の信仰も広まり、後宇多天皇が参籠したとも伝わる。いつしか「貴船大明神」と誤って崇められていたが、江戸時代の元文元年(1736)、幕命による考証で式内社・売布神社であることが判明し社名を改めた。衣・食・財の守護神として繊維・食料・金融業界の信仰が篤く、夫婦の神を祀ることから恋愛・結婚・就職の神としても崇敬される。境内のシイ林は市の天然記念物。
- 所在地
- 兵庫県宝塚市売布山手町1-1
- 御祭神
- 下照姫神
伊和神社
播磨国一宮。主祭神の大己貴神は播磨国内を巡歴して国造りを行い、最後に伊和の里で「我が事業は終わった」と仰せられて鎮まったと伝えられ、人々がその神徳を慕って社殿を営んだのが創祀とされる。「我を祀れ」との神託の後、一夜のうちに草木が生い茂り、石の上に二羽の大きな鶴が眠っていた場所に社殿を造営したという伝承があり、創建は成務天皇の甲申年(144)あるいは欽明天皇25年(564)と伝わる。延喜式では明神大社に列し、神階は正一位、明治の社格制度では国幣中社。古来、農工商など産業の神、縁結び・福の神、厄除け・病気平癒・交通安全の神として崇敬されてきた。配祀神は少彦名神・下照姫神。
- 所在地
- 兵庫県宍粟市一宮町須行名407
- 御祭神
- 大己貴神
- 系統
- 出雲
海神社
神功皇后が三韓からの帰途、暴風雨に遭った際に綿津見三神を祀って天候の回復を祈ったのが創始と伝わる古社。祭神は上津綿津見神・中津綿津見神・底津綿津見神の三柱で、それぞれ海上・海中・海底を司り、航海安全や漁業繁栄の神として信仰されてきた。古くから海上交通と漁業の要地であった垂水の地にあって、神戸市垂水区の総氏神として崇敬を集める。
- 所在地
- 兵庫県神戸市垂水区宮本町5-1
- 御祭神
- 上津綿津見神、中津綿津見神
大避神社
飛鳥時代に聖徳太子に仕えた渡来系氏族・秦氏の族長、秦河勝を大避大神として祀る。伝承では、河勝は太子の没後に難を避けて坂越に移り住み、没後にこの地の人々によって祀られたのが始まりとされる。平安時代末期にはすでに有力な神社であったといわれ、現在の拝殿と神門は延享3年(1746)、本殿は明和6年(1769)の再建。絵馬堂には約280年前の船絵馬をはじめ約40点の絵馬が掲げられている。秋の例祭に行われる「坂越の船祭り」は船渡御で知られる祭礼で、平成24年(2012)に国の重要無形民俗文化財に指定された。
- 所在地
- 兵庫県赤穂市坂越1297番地
- 御祭神
- 大避大神、天照皇大神
- 系統
- 春日
御形神社
『播磨国風土記』にその名が見える式内社で、祭神は大国主神の別名とされる葦原志許男神を祀る。社名は、祭神がこの地に杖を刺し植えて形見(御形見)としたという伝承に由来すると伝わり、但馬の神・天日槍命と境を定めたという説話でも知られる。若き日に根の国での試練を乗り越えた祭神の神話にちなみ、人生の節目や試練の折に心を鎮めて新たな歩みを祈る社として崇敬されてきた。室町時代後期に建立された本殿は国の重要文化財に指定されている。
- 所在地
- 兵庫県宍粟市一宮町森添280
- 御祭神
- 葦原志許男神(大国主神)
- 系統
- 出雲
広峯神社
崇神天皇の御代、およそ二千年余り前に素戔嗚尊と五十猛尊を白幣山に祀ったのが始まりと伝わる古社。天平5年(733)に唐から帰朝した吉備真備が神託を受け、翌年白幣山に社殿を建立して廣峯神社と称した。牛頭天王の総本宮とされ、京都八坂神社(祇園社)の本家「元祇園」と伝えられる。天禄3年(972)に白幣山から現在地へ本殿を遷座。中世には播磨のほか丹波・但馬・備前など広い信仰圏を持ち、農耕の神・軍神として崇敬された。江戸時代までは「広嶺山牛頭天王」と呼ばれ、明治元年の神仏分離により廣峯神社と改称。国指定重要文化財の社殿が現存する。
- 所在地
- 兵庫県姫路市広嶺山52
- 御祭神
- 素戔嗚尊、五十猛命
- 系統
- 八坂
兵庫県で多いご利益
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