Shrine

石清水八幡宮いわしみず はちまんぐう

石清水八幡宮は応神天皇・比咩大神を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、860年(貞観2年)に創建された由緒ある神社です。

由緒

貞観元年(859年)、大安寺の僧・行教が宇佐神宮で八幡神の神勅を受け、「都の近くに八幡神を迎えたい」との願いにより男山に勧請したことが起源。奈良時代に「八幡大菩薩が東大寺の大仏建立を助ける」と宣言して以来、八幡神は仏教守護の神として朝廷の篤い信仰を受けており、その延長として京都近郊への勧請は自然な流れだった。源氏が「八幡神を武家の守護神」として深く崇敬したことで源平合戦の時代から武家との関わりが深まり、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康も相次いで社殿造営に関わった。男山のケーブルカーが整備される以前は急坂を徒歩で登る参拝が続いた。

石清水八幡宮は何の神様?

石清水八幡宮の御祭神は応神天皇比売大神神功皇后です。

応神天皇

応神天皇は、八幡神として全国の八幡宮に祀られる御祭神です。武家の守護神、国家鎮護の神として信仰され、勝負運や厄除け、地域守護の祈願先として知られます。

八幡信仰では、比売神や神功皇后と合わせて祀られることも多く、地域の総鎮守としての役割も担ってきました。

比売大神

八幡宮に祀られる女神。宗像三女神の一柱とも言われる。縁結び・安産のご利益がある。 代表的な神社としては春日大社、鶴岡八幡宮、宇佐神宮などが挙げられます。 八幡信仰では宇佐神宮・石清水八幡宮・鶴岡八幡宮などが代表格で、八幡三神の一柱として重んじられます。

神功皇后

応神天皇の母。三韓征伐の伝説で知られる。武運・安産・子育てのご利益がある。 代表的な神社としては鶴岡八幡宮、住吉大社、宇佐神宮などが挙げられます。 八幡信仰では宇佐神宮や石清水八幡宮、鶴岡八幡宮などが代表的で、応神天皇とともに祀られることが多い御祭神です。

御朱印

御朱印は御本社のほか摂社の武内社・石清水社・高良神社の計4種で各500円(摂社分は書き置き)。山上のおふだ・お守り授与所で受付9:00〜16:00。刺繍御朱印(各1,500円・書き置き)や西陣織御朱印帳(2,000円)などもあり。

例大祭

例大祭は9月15日午前2時から斎行される勅祭「石清水祭」。勅使の参向のもと、神輿が山上の本宮から山麓の頓宮へ下る神幸ノ儀が、天皇の行幸と同じ形式で執り行われ、雅楽が奏でられる。

年間行事

3日)並びに桜開花時期は料金変動あり ※正月3ヶ日の交通規制並び祭典行事にて使用のため利用できない日もございますので、予めご了承ください。 詳細は当宮社務所までお問い合わせください。 バスでお越しの場合 最寄りバス停「石清水八幡宮駅」下車 ケーブル「八幡宮口駅」~「八幡宮山上駅」下車徒歩5分 京阪バスナビ 〒614-8 公式サイトで七五三詣の祈祷を案内し、祈祷を受けた子供に玩具を贈呈している。 節分前日曜に「鬼やらい神事」という邪気祓いの神事を執り行う。

よくある質問

石清水八幡宮の参拝前に確認したい情報をまとめます。

石清水八幡宮で御朱印はいただけますか?

御朱印は御本社のほか摂社の武内社・石清水社・高良神社の計4種で各500円(摂社分は書き置き)。山上のおふだ・お守り授与所で受付9:00〜16:00。刺繍御朱印(各1,500円・書き置き)や西陣織御朱印帳(2,000円)などもあり。

石清水八幡宮の例大祭はいつですか?

例大祭は9月15日午前2時から斎行される勅祭「石清水祭」。勅使の参向のもと、神輿が山上の本宮から山麓の頓宮へ下る神幸ノ儀が、天皇の行幸と同じ形式で執り行われ、雅楽が奏でられる。

石清水八幡宮にはどのような年間行事がありますか?

3日)並びに桜開花時期は料金変動あり ※正月3ヶ日の交通規制並び祭典行事にて使用のため利用できない日もございますので、予めご了承ください。 詳細は当宮社務所までお問い合わせください。 バスでお越しの場合 最寄りバス停「石清水八幡宮駅」下車 ケーブル「八幡宮口駅」~「八幡宮山上駅」下車徒歩5分 京阪バスナビ 〒614-8 公式サイトで七五三詣の祈祷を案内し、祈祷を受けた子供に玩具を贈呈している。 節分前日曜に「鬼やらい神事」という邪気祓いの神事を執り行う。

石清水八幡宮の公式情報はどこで確認できますか?

石清水八幡宮の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

石清水八幡宮に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

京都府勝負運厄除け

宇治上神社

うじがみじんじゃ

宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建

所在地
京都府宇治市宇治山田59
御祭神
菟道稚郎子命、応神天皇
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

若宮八幡宮社

わかみやはちまんぐうしゃ

天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したと伝わる。応仁の乱で荒廃した後は社地を転々とし、慶長10年(1605)に現在の五条坂へ移った。現社殿は承応3年(1654)の再建。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、相殿に仲恭天皇と陶祖神・椎根津彦命を祀る。昭和24年(1949)、清水焼発祥の地である五条坂の土地柄から椎根津彦命が合祀され、以後「陶器神社」の通称で親しまれる

所在地
京都府京都市東山区五条橋東五丁目480
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

御香宮神社

ごこうのみやじんじゃ

創建については諸説あり、御香宮縁起では貞観四年(862)に境内から香りのよい水が湧き出た奇瑞により清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝え、一方で弘仁十四年(823)に神功皇后の神託によって創建されたとも伝わる。主祭神の神功皇后は応神天皇の生母で、安産・子育ての神として篤く信仰される。天正十八年(1590)には豊臣秀吉が戦勝祈願のため太刀と願文を奉納し社領を寄進、慶長十年(1605)には徳川家康が

所在地
京都府京都市伏見区御香宮門前町174
御祭神
神功皇后、応神天皇
系統
八幡
兵庫県勝負運厄除け

魚吹八幡神社

うすきはちまんじんじゃ

神功皇后摂政3年(202年)、皇后が神託を受けて宇須伎津の浄地を開き、小さな社を建てて玉依比賣命を祀り敷嶋宮と号したのが起こりと伝えられる。のちに仁徳天皇7年(319年)、応神天皇(品陀和氣命)と神功皇后(息長足比賣命)を合わせ祀り、現在の三柱となった。播磨地方でも最大級の24か町・1万数千戸におよぶ氏子圏を持ち、当社の祭礼に漁民が一斉に休漁して網を干して参詣したことが「網干」の地名の由来と伝えら

所在地
兵庫県姫路市網干区宮内193
御祭神
応神天皇、神功皇后
系統
八幡