京都府で厄除けの神社を選ぶポイント
厄除けの参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。京都府内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
京都府で厄除けのご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。
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宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建の由来になったと伝える。京都府の説明によれば、本殿(国宝)は平安時代後期に伐採された木材を用いた一間社流造の三殿からなり、神社建築としては日本最古の本殿とされる。拝殿(国宝)は鎌倉時代前期に伐採された桧を使った優れた建物遺構である。「古都京都の文化財」の構成資産として世界文化遺産に登録されている。御神徳は学業成就・武運隆昌・家内安全で、祭神名の「菟」にちなみうさぎの授与品でも知られる。
京都府亀岡市千歳町国分に鎮座する式内社で、旧社格は村社。火の神である火産霊神を主祭神とし、伊邪那美神・大国主神をあわせて祀る。社伝では、この社の分霊が京都の鷹ヶ峰に祀られ、のちに和気清麻呂によって嵯峨の愛宕山へ遷されて現在の愛宕神社になったと伝えることから、「元愛宕」あるいは「愛宕の本宮」と呼ばれ、全国に数多い愛宕社の総本宮ともいわれる。檜皮葺の一間社流造である本殿は鎌倉時代後期の建立と伝えられ、昭和52年(1977年)1月28日に国の重要文化財に指定されている。火伏せ・防火の神として広く信仰され、4月24日には鎮火祭が営まれる。愛宕山の愛宕神社と同様に「愛宕の三つ参り」の信仰が伝わり、3歳までに参詣すると一生火災に遭わないとされている。
京都府乙訓郡大山崎町に鎮座する八幡宮。平安時代初め、僧・行教が宇佐八幡宮の神霊を勧請したのが始まりで、社伝では貞観2年(860)に人々の平和を願って造営されたとする。この地が嵯峨天皇の離宮「河陽宮」の跡であったことから、後に離宮八幡宮と改称された。平安時代末に神官が「長木(ながき)」という搾油器を発明して荏胡麻油の量産を可能にし、灯明用の油として朝廷や社寺に納めた。室町時代には油の専売を担う「油座」の本拠地となり、諸国の油商人は当宮の許状なしには油を販売できなかったほどの富と権力を集めた。元治元年(1864)の禁門の変では長州藩の屯所となって社殿を焼失し、現在の社殿は昭和初期の再建である。今も「油の神様」として、全国の製油会社や油販売会社の関係者から篤い信仰を集めている。
全国に約900社ある愛宕神社の総本宮で、京都市最高峰・愛宕山の山頂に鎮座する。大宝年間(701〜704)に修験道の祖・役行者と白山開祖の泰澄が朝日峰に神廟を建立したのが始まりと伝わり、天応元年(781)には慶俊僧都が中興し、和気清麻呂が白雲寺を建立して愛宕大権現を祀る鎮護国家の道場とした。神仏習合の山岳修験霊場として栄え、9世紀には七高山の一つに数えられたが、明治初年の神仏分離令で白雲寺は廃絶し愛宕神社となった。伊弉冉尊など五柱を祀り、古くから火伏・防火に霊験あらたかな神として知られ、「火迺要慎」の火伏札は京都の台所や厨房に広く貼られている。3歳までに参拝すると一生火事に遭わないという言い伝えもある。
弘仁2年(811)、修験道の祖・役小角から十世にあたる僧日圓が、国家護持のため紀州熊野大神を勧請したのに始まると伝わる。聖護院の守護神として奉祀され、平安末期には熊野信仰に篤い後白河法皇が社殿を修造し境内を寄進した。歴代天皇や庶民の信仰を集めたが応仁の乱で荒廃し、寛文6年(1666)聖護院門跡の助成により再興、天保6年(1835)に大修造が行われた。本殿に伊弉冉尊、相殿に伊弉諾尊・天照大神・速玉男尊・事解男尊を祀り、縁結び・安産・病気平癒の神として信仰される。
天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したと伝わる。応仁の乱で荒廃した後は社地を転々とし、慶長10年(1605)に現在の五条坂へ移った。現社殿は承応3年(1654)の再建。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、相殿に仲恭天皇と陶祖神・椎根津彦命を祀る。昭和24年(1949)、清水焼発祥の地である五条坂の土地柄から椎根津彦命が合祀され、以後「陶器神社」の通称で親しまれる。毎年8月には大祭とあわせて陶器祭が行われ、五条坂一帯が陶器市で賑わう。
永暦元年(1160年)、後白河上皇が造営した御所・法住寺殿の鎮守として、比叡山東坂本の日吉山王七社を勧請したのに始まる。大山咋命をはじめとする日吉山王七柱を主神とし、後白河天皇を併せ祀り、相殿に素戔嗚尊・大年神を祀る。創建当初の社地は現在地より南にあったが、元和元年(1615年)に豊国廟社の破却に伴い旧廟前へ移り、明治30年(1897年)に現在地へ遷座した。酒造・医薬・縁結びの神として信仰を集めている。
北野天満宮は菅原道真公を祀る神社。学業成就・厄除祈願のご利益で知られ、947年(天暦元年)に創建された由緒ある神社です。
石清水八幡宮は応神天皇・比咩大神を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、860年(貞観2年)に創建された由緒ある神社です。
八坂神社は素戔嗚尊・櫛稲田姫命を祀る神社。厄除け・疫病退散のご利益で知られ、656年(伝承)に創建された由緒ある神社です。
平安神宮は桓武天皇・孝明天皇を祀る神社。開運招福・厄除けのご利益で知られ、1895年(明治28年)に創建された由緒ある神社です。
松尾大社は、大山咋神と市杵島姫命を祀る京都西部の古社。古代には松尾山の磐座を神体として祀った信仰に始まるとされ、大宝元年(701)に秦忌寸都理が社殿を造営したと伝えられる。平安京遷都後は王城鎮護の社として崇敬された。
三宅八幡宮は、創建の詳しい年代を伝える記録が残っていないが、江戸時代中期には現在のような姿ですでに存在していたと伝わる。境内には古くから奉納されてきた子育て祈願の絵馬124点が伝わり、2009年3月11日には国の重要有形民俗文化財に指定された。
創建については諸説あり、御香宮縁起では貞観四年(862)に境内から香りのよい水が湧き出た奇瑞により清和天皇から「御香宮」の名を賜ったと伝え、一方で弘仁十四年(823)に神功皇后の神託によって創建されたとも伝わる。主祭神の神功皇后は応神天皇の生母で、安産・子育ての神として篤く信仰される。天正十八年(1590)には豊臣秀吉が戦勝祈願のため太刀と願文を奉納し社領を寄進、慶長十年(1605)には徳川家康が社殿を再興した。元和八年(1622)には水戸徳川家初代の徳川頼房が伏見城の大手門を表門として寄進しており、現在の本殿・拝殿は江戸初期の建築として重要文化財に指定されている。
上賀茂神社は賀茂別雷大神を祀る神社。厄除け・方除けのご利益で知られ、678年(天武天皇7年)に創建された由緒ある神社です。
京都府に鎮座する日吉系の神社です。厄除け・開運のご利益で知られます。
京都府に鎮座する日吉系の神社です。御祭神は大山咋命、市杵嶋姫命。厄除け・開運のご利益で知られます。
厄除けの参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。京都府内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。
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