由緒
太宰府天満宮の神官で菅原道真公の末裔にあたる菅原大鳥居信祐が、正保3年(1646年)に神託を受けて飛梅の枝で天神像を刻み、天神信仰を広めるため諸国を巡ったのち江戸の本所亀戸村にたどり着き、村にあった天神の小さな祠に神像を祀ったのが始まりと伝えられる。四代将軍徳川家綱は明暦の大火からの本所復興事業に際して現在の社地を寄進し、寛文2年(1662年)10月25日、太宰府天満宮にならって社殿・回廊・心字池・太鼓橋が整えられた。古くは「東宰府天満宮」「亀戸宰府天満宮」とも呼ばれ、本社である太宰府天満宮に対して東国天満宮の宗社として崇敬を集めてきた。御祭神は天満大神(菅原道真公)で、相殿に菅原家の祖神である天菩日命を祀る。境内は梅・藤・菊の名所として知られ、季節ごとにまつりが催される。