由緒
後三年の役(1083〜1087年)で激戦の舞台となった金沢柵の跡に鎮座する。奥羽を平定した源義家が藤原清衡に命じ、京都の石清水八幡宮から八幡神を勧請して社殿を建てたのが始まりと伝わり、創建は寛治7年(1093年)とされる。当初は金澤八幡神社と称した。江戸時代に入ると、義家の弟である源義光の子孫にあたる佐竹氏が秋田藩主となったことから厚い崇敬を受け、慶長9年(1604年)以降十数回にわたって修改築が重ねられた。平成元年(1989年)に現在の社名へ改められている。古鏡や蓋付陶製経壺、銅製経筒、貞和年間の写経による大般若波羅蜜多経など、秋田県指定有形文化財を伝えており、後三年合戦ゆかりの地の信仰を今日に伝える社である。