由緒
創建年代は不詳だが、社伝では孝安天皇6年の創建ともいわれ、延喜式内社「吉野山口神社」に比定される古社。吉野八社明神の一つで「勝手明神」とも呼ばれた。主祭神は天之忍穂耳命で、勝負運・芸能の神として信仰される。壬申の乱の際、大海人皇子(のちの天武天皇)が社前で琴を奏でると天女が舞い降りたといい、五節舞の起源伝承として知られるほか、義経と別れた静御前が境内で法楽の舞を舞ったとも伝わる。社殿は焼失と再建を繰り返し、平成13年(2001)の不審火で本殿などを焼失したが、令和7年(2025)秋に再建された。