由緒
創建の時期は定かでない。『日本書紀』には、国譲りの際に事代主神が八十万の神々を天高市(現在の飛鳥)に集めて天に昇ったとあり、天武天皇元年7月条には「吾は高市社に居る、名は事代主神」との託宣も記される。朱鳥元年(686)には天武天皇の病気平癒を願って、朝廷が飛鳥四社などに幣を奉ったという。8世紀の「出雲国造神賀詞」では、賀夜奈流美命の御魂を飛鳥の神奈備に鎮めて皇室の近き守り神としたと述べられている。天長6年(829)には神託によって神奈備山から現在の鳥形山へ遷ったことが『日本紀略』に見える。延喜式では名神大社に列し、相嘗祭の対象となった数少ない社の一つでもあった。神主家は代々「飛鳥」姓を継ぎ、国文学者・折口信夫もこの家の血筋に連なる。