由緒
大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が行われた。御祭神は大己貴命・少彦名命・菅原道真公。
山梨県に鎮座する天神系の神社です。御祭神は大巳貴神、少彦名神、菅原道真公。学業成就・安産・子宝のご利益で知られます。
大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が行われた。御祭神は大己貴命・少彦名命・菅原道真公。
小さな神で医学・酒造りの神。大己貴命と共に国土経営を行った。 代表的な神社としては北海道神宮や旭川神社が挙げられます。
平安時代の学者・政治家。天神様として学問・合格祈願の神として全国で信仰される。 代表的な神社としては北野天満宮、太宰府天満宮、湯島天満宮などが挙げられます。 天神信仰の中心は北野天満宮と太宰府天満宮で、大阪天満宮や防府天満宮も代表社として知られます。
4月25日
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同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。
岐阜市長良に鎮座する天満宮で、菅原道真を祀る。社伝によれば、承久年間に京都の北面の武士から美濃国の目代に任じられた斎藤帯刀左衛門尉親頼を祖とする斎藤氏が、崇敬していた京都・北野天満宮の神霊を氏神として勧請したのが始まりで、およそ800年前にさかのぼるという。寛正年間(1460〜1466)に斎藤利藤が本殿を造営し、天正16年(1588)には池田輝政が社壇を築いて寄進した。慶長年間の社殿再建後も修復と
掛川市南部にそびえる高天神山の山頂近くに鎮座する神社で、祭神は高皇産霊命・天菩比命・菅原道真公の三柱です。高天神城の略年表には913年に山頂へ宮柱が建てられたと記されており、古くからこの山が信仰の場であったことがうかがえます。戦国時代、この山には遠江支配の要とされた高天神城が築かれ、当社は城の守護を担う神社と位置づけられました。城は武田氏と徳川氏が繰り返し争奪した要衝で、天正9年(1581)の落城
金剛山の東山麓に鎮座し、平安時代に編纂された『延喜式』において最高位の名神大社に列せられた古社。御祭神は古代豪族・葛城氏の最高神で、記紀神話のなかで出雲へ国譲りの使者を遣わすよう命じた高皇産霊神。ほかに市杵嶋姫命と菅原道真を祀る。神社の形態は古く、社殿の背後にそびえる白雲峰そのものを御神体とし、参道の両側には樹齢数百年という杉の巨木が立ち並んで神さびた雰囲気を漂わせる。一帯に広がる「高天」の台地は
社伝では景行天皇の御代の創祀と伝える古社。『日本三代実録』にみえる貞観6年(864年)の富士山大噴火を受け、翌貞観7年(865年)に勅命で甲斐国八代郡に建てられ官社に列したという「浅間明神の祠」に相当するとされ、『延喜式』神名帳に載る甲斐国八代郡の名神大社「浅間神社」の論社の一つに数えられる。当初は正体山に祀られ、延長2年(924年)10月に現在地へ遷宮したと伝わる。祭神は木花咲耶姫命。近代社格は