由緒
社伝では景行天皇40年、日本武尊が東征の折に天神の櫛玉饒速日命と地祇の八千矛命を祀ったのが始まりとされ、物部天神社・國渭地祇神社として延喜式神名帳に載る古社(登記上の法人名は物部天神社・國渭地祇神社・天満天神社で、北野天神社はその総称)。長徳元年(995)には菅公五世の孫・武蔵国司菅原修成が勅命を奉じ、京都の北野天満宮から菅原道真公の分霊を関東以東で最初に勧請して「坂東第一北野天満宮」と称し、これが「北野」の地名の由来と伝わる。源頼義・義家が社殿を建立、建久6年(1195)には源頼朝が諸神堂を建立したほか、天正18年の前田利家による再興、徳川家康以降の歴代将軍からの朱印状拝領など武家の崇敬が厚かった。明治34年(1901)、埼玉県でも有数の古社であることから県社に列格。室町時代の「北野天神縁起」7幅は埼玉県指定文化財。