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三嶋神社(京都・上馬町)みしまじんじゃ

三嶋神社(京都・上馬町)は大山祇大神・天津日高彦火瓊々杵尊・木花咲耶姫命を祀る、京都市東山区の神社。うなぎを神使とする「うなぎ神社」としても知られ、子授け・安産の信仰を集めています。

由緒

社伝によれば、後白河天皇の中宮であった建春門院(平滋子)が皇子に恵まれないことを憂い、摂津国三島江村に鎮座する三島鴨神社に祈願したところ、霊夢を得て後の高倉天皇を出産したと伝わる。これに感謝した後白河天皇は永暦元年(1160年)、平重盛に命じてこの地に社殿を造営させ、摂津の三島神を勧請したのが当社の起こりとされる。以来皇室からの崇敬が篤く、安産の神として信仰を集め「安産四十一社」の一つに数えられてきた。牛若丸(源義経)が信仰したと伝わる揺向石も境内に残り、鰻を祭神の使いとする信仰から社前には多数の鰻の絵馬が奉納されている。

例大祭

例祭にあたる鰻放生大祭は毎年10月26日、境内摂社の瀧尾神社で執り行われる。祭神の使いとされる鰻を放つ神事で、全国のうなぎ業者も参列することで知られ、三嶋神社ならではの祭礼として親しまれている。

年間行事

そのほかの年間行事として、毎年1月最初の戌の日には初戌祭(初姫参り)が執り行われる。安産・子授けの神として信仰される当社ならではの行事として親しまれている。 公式サイトの年中行事に七五三詣の案内が記載されている。 公式サイトに節分の豆まき行事の説明が記載されている。

よくある質問

三嶋神社(京都・上馬町)の参拝前に確認したい情報をまとめます。

三嶋神社(京都・上馬町)の例大祭はいつですか?

例祭にあたる鰻放生大祭は毎年10月26日、境内摂社の瀧尾神社で執り行われる。祭神の使いとされる鰻を放つ神事で、全国のうなぎ業者も参列することで知られ、三嶋神社ならではの祭礼として親しまれている。

三嶋神社(京都・上馬町)にはどのような年間行事がありますか?

そのほかの年間行事として、毎年1月最初の戌の日には初戌祭(初姫参り)が執り行われる。安産・子授けの神として信仰される当社ならではの行事として親しまれている。 公式サイトの年中行事に七五三詣の案内が記載されている。 公式サイトに節分の豆まき行事の説明が記載されている。

三嶋神社(京都・上馬町)へ問い合わせる方法はありますか?

電話番号は 075-531-5012 です。受付時間や御祈祷の可否は事前に確認してください。

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近隣神社

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宗像神社

むなかたじんじゃ

京都御苑の南西部、かつての花山院邸跡に鎮座する。社伝では延暦14年(795)、藤原冬嗣が桓武天皇の命を受け、皇居鎮護のために筑前の宗像神(現在の福岡・宗像大社の三女神)を勧請し、自邸である東京第の西南隅に祀ったのが創祀とされる。この邸はのちに東の花山院と西の小一条第に分かれ、『帝王編年記』『日本三代実録』などの古記録には当社の鎮座地が小一条殿と記される。天承元年(1131)に藤原家忠が花山院を伝領

所在地
京都府京都市上京区京都御苑9
御祭神
多紀理比売命、多岐都比売命
系統
厳島
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宇治上神社

うじがみじんじゃ

宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建

所在地
京都府宇治市宇治山田59
御祭神
菟道稚郎子命、応神天皇
系統
八幡
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皇大神社

こうたいじんじゃ

京都府福知山市大江町内宮に鎮座し、天照大神を祀る。三重県の伊勢神宮より54年前に、大和地方から天照大神の御神体をこの地へ遷し、4年間お祀りした場所と伝えられることから「元伊勢内宮皇大神社」と呼ばれる。全国的にも珍しい黒木の鳥居をもち、静かな森の中に茅葺・神明造の本殿が鎮座する。本殿を中心に、樹齢2000年とされる御神木「龍燈の杉」や、2社の脇宮と83の小宮が前後左右を囲んでいる。近隣の豊受大神社(

所在地
京都府福知山市大江町内宮字宮山217
御祭神
天照大神
系統
伊勢・神明
京都府開運

梅宮大社

うめのみやたいしゃ

橘諸兄の母である橘三千代が、酒解神と酒解子神を祀って酒造の安全と子孫の繁栄を祈願したのが始まりと伝えられ、創建は奈良時代の750年頃とされる。当初は南山城の井手のあたりに鎮座していたが、嵯峨天皇の皇后である檀林皇后(橘嘉智子)が現在の梅津の地へ遷したという。皇后がこの社に祈って皇子を授かったと伝わることから授子・安産の神として信仰を集め、境内の「またげ石」は子授けの石として今も知られる。酒解神を祀

所在地
京都府京都市右京区梅津フケノ川町30
御祭神
酒解神、酒解子神