由緒
社伝によれば、後白河天皇の中宮であった建春門院(平滋子)が皇子に恵まれないことを憂い、摂津国三島江村に鎮座する三島鴨神社に祈願したところ、霊夢を得て後の高倉天皇を出産したと伝わる。これに感謝した後白河天皇は永暦元年(1160年)、平重盛に命じてこの地に社殿を造営させ、摂津の三島神を勧請したのが当社の起こりとされる。以来皇室からの崇敬が篤く、安産の神として信仰を集め「安産四十一社」の一つに数えられてきた。牛若丸(源義経)が信仰したと伝わる揺向石も境内に残り、鰻を祭神の使いとする信仰から社前には多数の鰻の絵馬が奉納されている。