由緒
創建年代は不詳だが、昭和10年(1935)の本殿修理の際に平安時代中期の瓦が発見され、その頃までさかのぼる古社と考えられている。錦織という地名は、百済から渡来した人々が綾織・錦織の技術を伝えて朝廷に献じたことに由来するとされ、当社もその一族の氏神として祀られたと伝わる。大和川支流の石川の谷に位置することから、建水分神社・美具久留御魂神社とともに河内国の三水分社の一つに数えられ、古くは『水郡神社』とも呼ばれた。現在の本殿は正平18年(1363)に三善貞行が再建したもので、総檜皮葺・漆塗り、丸みを帯びた唐破風の上に三角形の千鳥破風を載せた装飾性の高い建築として知られる。本殿と摂社天神社本殿・摂社春日社本殿の3棟が国の重要文化財に指定されている。明治40年(1907)に現在の社名へ改称された。