由緒
三重県伊賀市阿保に鎮座する式内社。主祭神の大村の神は第11代垂仁天皇の皇子・息速別命で、『古事記』『日本書紀』には伊許婆夜和気命、池速別命と記される。伊勢の神宮を奉鎮した倭姫命の弟にあたり、この地に宮室を築いて一帯を開拓した神として、また土地の鎮め・地震除災の守り神として古くから信仰を集めてきた。『日本三代実録』には863年に神階が正六位上から従五位下へ昇叙されたとあり、『延喜式』神名帳(927年)にも社名が載る。相殿の武甕槌命・経津主命は、神護景雲元年(767年)に常陸・下総から奈良の三笠山へ遷る途次に当社で休息し、その際に霊石「要石」が奉斎されたと伝える。要石は地下深くまで広がって大地を揺るがす大なまずを押さえているという。天正15年(1587年)建立の旧本殿「宝殿」は国の重要文化財。