Shrine

尾崎神社おさきじんじゃ

岩手県に鎮座する熱田系の神社です。御祭神は日本武尊、源頼基。勝負運・開運・スポーツのご利益で知られます。

由緒

尾崎神社は鎌倉時代以前からの歴史を持つ古社で、「奥の院」「奥宮」「本宮」「里宮」の四社から成る。宝剣を祀る場所を奥の院、青出し浜の社を奥宮、尾崎白浜の社を本宮、釜石の市街地にある社を里宮とする。享保4年(1719年)に大明神の号を受け、寛政11年(1799年)には朝廷から正一位の位記を賜り、「正一位尾崎大明神」と称されるようになった。里宮は、元禄12年(1699年)に釜石の豪商・佐野家の邸内に御祭典の御旅所として設けられたのが始まりで、その後海岸沿いへ移された。明治から大正にかけては遙拝所・御拝殿と呼ばれ、昭和3年(1928年)に里宮へ昇格したが、昭和8年(1933年)の津波で社殿を失った。昭和11年(1936年)に高畑山へ、さらに昭和27年(1952年)に現在地へと遷宮し、今日に至っている。

尾崎神社は何の神様?

尾崎神社の御祭神は日本武尊源頼基です。

日本武尊

ヤマトタケルとも呼ばれる英雄神。武運・勝負のご利益がある。 代表的な神社としては建部大社や来宮神社が挙げられます。 代表社としては建部大社が名高く、各地で英雄神・武運の神として祀られています。

例大祭

例大祭は「釜石まつり」として親しまれ、10月第3日曜日を含む金・土・日の3日間にわたって斎行される。昭和42年(1967年)から釜石製鐵所山神社の祭礼と合同で行われるようになった、地域を代表する祭礼である。

年間行事

祭りの中日には、本宮から船で神体を里宮へ遷す「曳き船まつり」が行われ、虎舞や神楽を乗せた船が大漁旗をなびかせて釜石港内をパレードする。最終日には市内目抜き通りを虎舞・神楽・山車・手踊りとともに両社の神輿が渡御する。虎舞は、約830年前に陸奥国を治めた閉伊頼基が将士の士気を鼓舞するため虎の着ぐるみで踊らせたのが起源と伝わる。

尾崎神社に関連する目的別ページ

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近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

東京都勝負運開運

鷲神社

おおとりじんじゃ

社伝によれば、天照大御神が天岩戸にこもられた折、天宇受売命が岩戸の前で舞った際に弦という楽器を司った神があり、天手力男命が岩戸を開いたとき、その弦の先に鷲がとまった。神々はこれを世を明るくする瑞兆と喜び、以来この神は鷲の一字を冠して鷲大明神、天日鷲命と称されるようになったという。天日鷲命は諸国の土地を開き、開運・殖産・商売繁昌に霊験の高い神としてこの地に祀られた。のちに日本武尊が東征の途上で戦勝を

所在地
東京都台東区千束三丁目18番7号
御祭神
天日鷲命、日本武尊
系統
熱田
宮崎県勝負運開運

白鳥神社

しらとりじんじゃ

平安時代中期の天徳3年(959年)創建と伝わる。霧島山で修行していた性空上人の前に日本武尊が現れ、「私は今白鳥になっているが、この地に祀ってほしい」と告げたという伝説にちなみ、白鳥山の北面に「白鳥権現社」として建てられた。室町時代初期に社殿が現在地へ移され、文化6年(1809年)の火災で焼失したのち現在の本殿が再建された。この一帯は景行天皇や日本武尊の伝説の地とされ、島津家代々の崇敬を受けて武運祈

所在地
宮崎県えびの市大字末永1479
御祭神
日本武尊
系統
熱田
東京都商売繁盛金運

花園神社

はなぞのじんじゃ

花園神社は、江戸時代に開かれた宿場町・内藤新宿の総鎮守として崇敬されてきた社で、徳川家康の江戸入府以前に大和国(奈良県)の吉野山から御分霊を勧請したのが始まりと伝わる。かつては現在の伊勢丹新宿店付近に鎮座していたが、寛永年間(1624~1645年)に尾張藩の下屋敷に囲まれる形になったことから現在地へ遷座した。遷座先には美しい花が咲き誇る庭園が広がっていたことから「花園稲荷」とも呼ばれるようになった

所在地
東京都新宿区新宿5丁目17番3号
御祭神
倉稲魂命、日本武尊
系統
稲荷
東京都勝負運開運

鳥越神社

とりこえじんじゃ

孝徳天皇の白雉2年(651)の創立と伝えられる古社で、日本武尊を祀り、相殿に天児屋根命と東照宮公(徳川家康)を祀る。前九年の役の折、八幡太郎源義家が白い鳥に浅瀬を教えられて軍勢を無事に渡すことができたことから、「鳥越大明神」の社号を奉ったと伝わる。御鎮座1350年を超える下町の古社で、例大祭の鳥越祭に渡御する千貫神輿は都内随一の重さといわれ、提灯を灯した幻想的な宮入りで知られる。

所在地
東京都台東区鳥越2-4-1
御祭神
日本武尊
系統
熱田