Shrine

離宮八幡宮りきゅうはちまんぐう

京都府に鎮座する八幡系の神社です。勝負運・厄除け・スポーツのご利益で知られます。

由緒

京都府乙訓郡大山崎町に鎮座する八幡宮。平安時代初め、僧・行教が宇佐八幡宮の神霊を勧請したのが始まりで、社伝では貞観2年(860)に人々の平和を願って造営されたとする。この地が嵯峨天皇の離宮「河陽宮」の跡であったことから、後に離宮八幡宮と改称された。平安時代末に神官が「長木(ながき)」という搾油器を発明して荏胡麻油の量産を可能にし、灯明用の油として朝廷や社寺に納めた。室町時代には油の専売を担う「油座」の本拠地となり、諸国の油商人は当宮の許状なしには油を販売できなかったほどの富と権力を集めた。元治元年(1864)の禁門の変では長州藩の屯所となって社殿を焼失し、現在の社殿は昭和初期の再建である。今も「油の神様」として、全国の製油会社や油販売会社の関係者から篤い信仰を集めている。

基本情報

この神社について

ご利益
勝負運厄除けスポーツ
系統・信仰
八幡

アクセス・参拝情報

アクセス
JR京都線「山崎」駅下車すぐ。阪急京都線「大山崎」駅からは徒歩約5分。
開門時間
境内の拝観時間は6時から17時まで。
駐車場
参拝者用の駐車場があります(台数は公表されていません)。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
rikyuhachiman.org
電話番号
075-956-0218

例大祭

春の例祭は毎年4月の「日使頭祭(ひのとさい)」。平安時代の初め、当宮から淀川対岸の石清水八幡宮へ神霊を分けて遷す御遷座祭として始まったと伝えられ、「南祭」「藤祭」とも呼ばれて北祭(葵祭)と並ぶ大祭だった。現在は献燈の儀や湯立の神事を行い、全国の油脂業界関係者が参列して厄除けや健康・安全、学業成就、仕事の発展を祈る。

年間行事

秋の例祭は9月に斎行される。春の日使頭祭にあわせて「お花見市」が開かれた年もある。

よくある質問

離宮八幡宮の参拝前に確認したい情報をまとめます。

離宮八幡宮の開門時間はいつですか?

境内の拝観時間は6時から17時まで。

離宮八幡宮の例大祭はいつですか?

春の例祭は毎年4月の「日使頭祭(ひのとさい)」。平安時代の初め、当宮から淀川対岸の石清水八幡宮へ神霊を分けて遷す御遷座祭として始まったと伝えられ、「南祭」「藤祭」とも呼ばれて北祭(葵祭)と並ぶ大祭だった。現在は献燈の儀や湯立の神事を行い、全国の油脂業界関係者が参列して厄除けや健康・安全、学業成就、仕事の発展を祈る。

離宮八幡宮にはどのような年間行事がありますか?

秋の例祭は9月に斎行される。春の日使頭祭にあわせて「お花見市」が開かれた年もある。

離宮八幡宮の公式情報はどこで確認できますか?

離宮八幡宮の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

離宮八幡宮に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

京都府勝負運厄除け

宇治上神社

うじがみじんじゃ

宇治川東岸、朝日山の山裾に鎮座する。応神天皇の末の皇子で聡明さゆえに皇太子に立てられた菟道稚郎子命を主祭神とし、応神天皇・仁徳天皇を併せ祀る。社伝では、応神天皇の崩御後に菟道稚郎子が兄の仁徳天皇へ皇位を譲ろうとし、仁徳天皇も父帝の定めを変えられないとして3年にわたり譲り合った結果、世の乱れを憂えた菟道稚郎子が自ら命を絶ち、これを知った仁徳天皇が難波から急ぎ宇治へ赴いて手厚く葬ったことが、のちの創建

所在地
京都府宇治市宇治山田59
御祭神
菟道稚郎子命、応神天皇
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

若宮八幡宮社

わかみやはちまんぐうしゃ

天喜元年(1053)、後冷泉天皇の勅願により源頼義が六条醒ヶ井に創建したと伝わる。応仁の乱で荒廃した後は社地を転々とし、慶長10年(1605)に現在の五条坂へ移った。現社殿は承応3年(1654)の再建。祭神は応神天皇・仲哀天皇・神功皇后で、相殿に仲恭天皇と陶祖神・椎根津彦命を祀る。昭和24年(1949)、清水焼発祥の地である五条坂の土地柄から椎根津彦命が合祀され、以後「陶器神社」の通称で親しまれる

所在地
京都府京都市東山区五条橋東五丁目480
御祭神
応神天皇、仲哀天皇
系統
八幡
京都府勝負運出世

石清水八幡宮

いわしみず はちまんぐう

石清水八幡宮は応神天皇・比咩大神を祀る神社。厄除け・必勝祈願のご利益で知られ、860年(貞観2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
京都府八幡市八幡高坊30
御祭神
応神天皇、比売大神
系統
八幡
京都府勝負運厄除け

三宅八幡宮

みやけはちまんぐう

三宅八幡宮は、創建の詳しい年代を伝える記録が残っていないが、江戸時代中期には現在のような姿ですでに存在していたと伝わる。境内には古くから奉納されてきた子育て祈願の絵馬124点が伝わり、2009年3月11日には国の重要有形民俗文化財に指定された。

系統
八幡