基本情報
この神社について
- ご利益
- 開運
静岡県に鎮座する神社です。開運のご利益で知られます。
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浜松市北部の都田に鎮座し、内宮と外宮の二棟の本殿を並べて祀る神明社です。延喜式神名帳の遠江国引佐郡にみえる「須倍神社」に比定される式内社で、一帯は伊勢神宮の御厨として開けた土地でした。祭神は内宮に天照皇大神、外宮に豊受姫大神を祀り、伊勢の神宮を勧請したものと考えられています。創建については仁和3年(887年)の建宮と伝え、延喜2年(902年)に上社・下社の両社を現在地へ遷して神明宮あるいは須倍神社
本殿には道祖神として知られる岐神(ふなとのかみ、船戸神)を祀る。ただしこれは明治維新後の国家神道政策のもとで定められたもので、本来の信仰の核は「ミシャグジ(御社宮司)」であったと伝えられる。境内社には牛頭天王(須佐之男命)とともに阿弥陀如来も祀られており、神仏習合の形が今も残る。社名は「社宮司」「産宮神」など複数の呼び方をされてきた。鎮守の杜に囲まれた境内には樹齢約400年とされる鹿子木(カゴノキ
創建年代は不詳だが、延長5年(927年)にまとめられた延喜式神名帳に遠江国城飼郡の小社「比奈多乃神社」として載る式内社で、少なくともそれ以前の鎮座と考えられる。祭神の建比奈鳥命は天穂日命の子とされ、建比良鳥命と同一視される神で、国譲りの場面で経津主命とともに活躍したと伝えられる。中世には「天馬駒神社」と称され、神仏習合の時代には近隣の華厳院の鎮守社として祀られた。明治11年(1878年)に式内社と
掛川城の北東(鬼門)にあたる龍尾山に鎮座する古社で、古くは龍尾山牛頭天王と称した。延喜式内社「真草神社」を当社とする言い伝えもあるが定かではない。鎮座の創始は不明ながら、宝治2年(1248年)に時の地頭職・忍十郎義広が記した『遠江国旧社詣』のなかに当社を詠んだ歌があり、この時すでに龍尾山に鎮座していたことがわかる。永正2年(1505年)の掛川城築城にあたっては、城内の龍頭山に鎮座していた神社も龍尾