少彦名神を祀る神社
小さな神で医学・酒造りの神。大己貴命と共に国土経営を行った。 代表的な神社としては北海道神宮や旭川神社が挙げられます。
少彦名神とは?
小さな神で医学・酒造りの神。大己貴命と共に国土経営を行った。 代表的な神社としては北海道神宮や旭川神社が挙げられます。
少彦名神を祀る有名な神社
有名神社を中心に、大社・一宮・総鎮守など比較の起点にしやすい神社をまとめます。
神田明神
神田明神は大己貴命・少彦名命を祀る神社。商売繁盛・縁結びのご利益で知られ、730年(天平2年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 東京都千代田区外神田2-16-2
- 御祭神
- 大国主命、少彦名神
- 系統
- 出雲
北海道神宮
北海道神宮は大国魂神・大那牟遅神を祀る神社。開運・金運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。
- 所在地
- 北海道札幌市中央区宮ケ丘474
- 御祭神
- 大国魂神、大那牟遅神
樺太神社
ロシアに鎮座する出雲系の神社です。社格は大社。御祭神は大国魂神、大己貴神、少彦名命。縁結び・開運のご利益で知られます。
- 所在地
- 樺太豊原市旭ヶ丘
- 御祭神
- 大国魂神、大己貴神
- 系統
- 出雲
少彦名神を祀る神社一覧
27件中1-20件を表示しています。
八心大市比古神社
延喜式神名帳に越中国新川郡の小社として載る式内社で、旧社格は県社。創建については、孝謙天皇の御代に桜井庄三日市へ勧請されたとする説のほか、東方の嘉例沢の山頂から御幣が飛来し、現れた三体の神像を「三島大明神」として祀ったのが始まりという伝承も伝わる。天正8年(1580年)に、それまで鎮座していた北方約500メートルの萱堂の地から現在地へ遷ったとされる。明治に入るまでは三島大明神と称し、社名が八心大市比古神社に改められた後も、地元では今なお「三島神社」の通称で親しまれている。主祭神は大山祇神・少彦名神・軻遇突智神の三柱で、天照皇大神を合祀する。古くから氏子は鶏を神の使いとして大切にしたと伝えられ、社宝として鶏之図絵馬が伝わる。2月の折年祭、5月の春祭、10月の秋祭、11月の新嘗祭のほか、6月には茅輪神事が営まれる。
- 所在地
- 富山県黒部市三日市3185
- 御祭神
- 大山祇神、少彦名神
神田神社
美濃国賀茂郡の式内社「神田神社」に比定される古社で、社伝では元正天皇の養老2年(718年)の創建と伝えられる。『延喜式』神名帳では社名を「かむだ」と読んだとされ、村名の「神土(かんど)」もこれに通じる。平安時代中期以降に衰微したが、嘉慶2年(1388年)に再興・修復され、神仏習合のもとで白山妙大権現と改称された。室町時代に再び衰えたのち永禄元年(1558年)に復興し、享保2年(1717年)には社殿が建て替えられている。明治元年(1868年)の神仏分離・廃仏毀釈にともない白山妙大権現から現在の神田神社へ社名を戻し、明治3年に式内社として認定された。伊邪那岐命ら五柱を主祭神とし、猿田比古命・大山祇命・天照皇大神・菊理比女命・誉田別命・須佐之男命など、村内の諸社から多くの神々を合祀している。
- 所在地
- 岐阜県加茂郡東白川村神土604
- 御祭神
- 伊邪那岐命、伊邪那美命
- 系統
- 出雲
神田神社
社伝では天平2年(730年)、武蔵国豊島郡芝崎村(現在の大手町・将門塚周辺)に入植した出雲系の氏族が、大己貴命を祖神として祀ったことに始まるとされる。この地はもと伊勢神宮の御田があった土地で、神田の名もそこに由来すると伝わる。延慶2年(1309年)には、近くに葬られた平将門が霊神として合わせ祀られた。慶長8年(1603年)以降の江戸城拡張にともなって神田台へ移り、元和2年(1616年)に現在の外神田へ遷座している。江戸幕府の尊崇を受け、神田・日本橋・秋葉原・大手町など108か町の総氏神として「江戸総鎮守」と称された。明治7年(1874年)には少彦名命を大洗磯前神社から迎える一方、将門命は摂社へ移されたが、昭和59年(1984年)に本殿の祭神へ復している。大正12年(1923年)の関東大震災で社殿を焼失し、昭和9年(1934年)に当時としては珍しい鉄骨鉄筋コンクリート造の権現造で再建された。
- 所在地
- 東京都千代田区外神田2-16-2
- 御祭神
- 大己貴命、少彦名命
- 系統
- 出雲
平出雷電神社
社伝によれば仁和2年(886年)、京都の賀茂別雷神社(上賀茂神社)の御分霊を迎えて創建されたという。主祭神は別雷之大神で、開拓・殖産のほか雷除け・嵐除け・災難除け・勝運の神として、古くから「雷電様」の名で親しまれてきた。応仁の乱の兵乱で社殿は荒廃し、正徳年間には廃頽するに至ったが、当時の領主・平出孝政が領民とともに浄財を募って本殿を再建した。天保5年(1834年)に再改築され、元治2年(1865年)には「雷電宮」の称号を受けている。7月第4日曜日の夏大祭では豊年を祈願する梵天奉納神事が行われ、地域の夏の行事として続いている。
- 所在地
- 栃木県宇都宮市平出町3848
- 御祭神
- 別雷之大神、誉田別之命
名居神社
創祀年代は不詳です。『日本書紀』には推古天皇7年(599年)に大和を中心とする大地震があり、四方に「なゐの神(地震の神)」を祀らせたと記されており、伊賀国におけるその一社が当社であると伝えられてきました。延喜式神名帳の伊賀国名張郡「名居神社」に比定される式内社で、旧社格は村社です。「なゐ」は本来「地」を意味する古語で、近世には地祇大明神・国津大明神と呼ばれ、国津神である大己貴命が主祭神とされるようになりました。元伊勢の伝承地の一つにも数えられます。境内には興玉神社と山神社が祀られ、皇大神宮と橿原神宮の遙拝所も設けられています。
- 所在地
- 三重県名張市下比奈知2092
- 御祭神
- 大己貴命、少彦名命
- 系統
- 出雲
黒沢御嶽神社
木曽御嶽山の黒沢口に鎮座し、山麓の里宮と若宮を総称して御嶽神社と呼ぶ。里宮は少彦名命、若宮は大己貴命を祀り、旧黒沢村の時代からこの地の産土神として信仰されてきた。里宮は御嶽街道でもあった109段の石段を登ったところにあり、若宮には永禄8年(1565)に木曽義昌が家臣とともに奉納した三十六歌仙板絵が伝わって、木曽谷では最も古い絵馬とされる。御嶽山は古くから修験の霊山として登拝が行われていたが、天明4年(1784)に尾張の行者・覚明が黒沢口を一般に開いたことで、御嶽信仰は木曽周辺から全国へと広がった。江戸後期の享和3年(1803)までに黒沢へ伝えられたとみられる太々神楽は、神職と保存会員によって今も受け継がれている。
- 所在地
- 長野県木曽郡木曽町三岳3793(里宮)
- 御祭神
- 大己貴命、少彦名命
- 系統
- 出雲
淡嶋神社
公式サイトの社伝によれば、神功皇后が三韓からの帰路に瀬戸の海上で嵐に遭い、船の苫を海に投げてその流れに従えという神託のとおりに進んだところ、友ヶ島にたどり着いた。島には少彦名命と大己貴命が祀られており、皇后は救われた礼として持ち帰った宝物を供えたという。のちに孫の仁徳天皇が同島を訪れ、島では不自由であろうと対岸の加太へ社を遷して社殿を建てたのが当社の起こりと伝える。祭神は少彦名命・大己貴命・息長足姫命(神功皇后)。少彦名命は医薬の神とされ、女性の病気平癒や安産・子授けの信仰を集めてきた。境内には紀州徳川家から奉納された雛人形などを収める宝物殿や、針供養の針塚がある。
- 所在地
- 和歌山県和歌山市加太116
- 御祭神
- 少彦名命、大己貴命
- 系統
- 出雲
少彦名神社
大阪・道修町は豊臣期の頃から薬種取引の場として薬種業者が集まる町だった。薬は人命に関わるうえ品質の見極めが難しいことから、神の加護を得て職務を正しく果たそうと、安永9年(1780)に京都の五條天神から少彦名命を仲間の寄合所へ迎え、以前から祀っていた中国医薬の祖神・炎帝神農と併せて祀ったのが始まりとされる。以来「神農さん」の愛称で親しまれ、日本医薬総鎮守として病気平癒・健康成就の信仰を集めてきた。文政5年(1822)に大坂でコレラが流行した際、薬種仲間が虎の頭骨などの和漢薬を配合した丸薬「虎頭殺鬼雄黄圓」を作り、病名と薬に「虎」の字が当てられていたことから張り子の虎の守りとともに施与した。これが家内安全・無病息災を願う当社独自の授与品として全国へ広まった。
- 所在地
- 大阪府大阪市中央区道修町2丁目1-8
- 御祭神
- 少彦名命、神農炎帝
高石神社
大阪湾を西に望む高師浜の松林に鎮座する式内社で、旧郷社。創建の年代は詳らかでないが、白雉元年(650年)の鎮座と伝えられ、平安時代の『延喜式』神名帳にも「高石神社」の名が記される古社である。古くは天神の社と呼ばれていた。祭神は少彦名命に天照大神と熊野坐神を合わせ祀る。鎮座地の高師浜は万葉の時代から白砂青松の景勝地として和歌に詠まれてきた土地で、境内には往時の面影を残す松林が広がり、百人一首の歌碑も置かれている。紀州街道が近くを通ることから熊野詣との関わりも深く、境内には熊野権現の御拝所が残る。海に生きる人々の信仰も篤く、船乗りが航海の願解きに相撲を奉納する慣わしがあったと伝わる。
- 所在地
- 大阪府高石市高師浜4丁目1-19
- 御祭神
- 少彦名命、天照大神
帯廣神社
明治16年(1883年)、静岡県松崎出身の依田勉三らが晩成社を組織してオベリベリ(現在の帯広)へ入植し、同18年から祭礼(天王祭)を営んだことが創祀と伝えられる。明治42年に社殿造営の議が起こり、町内会議を経て現在地への創立が決まった。翌43年に仮殿を造営し、同年9月24日に札幌神社(現在の北海道神宮)から御霊代を迎えて鎮斎した。以来この日が例祭日となっている。大正7年に郷社、昭和5年に県社へ昇格し、昭和51年には別表神社に加列された。祀るのは北海道開拓の守り神とされる開拓三神で、十勝平野の開拓の歩みとともに歩んできた社である。
- 所在地
- 北海道帯広市東3条南2丁目1番地
- 御祭神
- 大國魂神、大那牟遲神
三吉神社
明治11年(1878)、秋田県出身の木村藤吉が郷里の太平山三吉神社(秋田市)の御分霊を豊平川東詰に奉斎したことに始まる。翌明治12年(1879)4月、当時の渡島通121番地(現在の中央区南1条西8丁目)へ遷座した。毎月8日に小祭を営み、例大祭は当初5月8日と定められたが、大正13年(1924)に三代目宮司・佐藤桂が5月15日へ改めている。昭和5年(1930)には県社に昇格した。開拓・医薬の神である大己貴神・少彦名神とともに、勝利成功や事業繁栄の神として信仰される藤原三吉神を祀る。札幌の中心市街に鎮座し、5月15日の例大祭は多くの市民に親しまれている。
- 所在地
- 北海道札幌市中央区南1条西8丁目17番地
- 御祭神
- 大己貴神、少彦名神
堀川戎神社
欽明天皇の御代(539〜571)、止美連吉雄が蛭子大神の神託を受けて堀江で玉を得、これを御霊代として富島に祀った瓊見社・止美社が創祀と伝わる。白雉2年(651)に少彦名命、大宝3年(703)に天太玉命を相殿に祀り御祭神三座となった。平治の乱(1159)を避けて丹波国山家に動座したが、文和年間(1352〜55)に現在地へ遷座再興された。江戸時代中期からは「十日戎」が年々盛大となり、「ミナミの今宮、キタの堀川」と並び称され「堀川のえべっさん」と親しまれてきた。明治40年(1907)に数社を合併して堀川神社となり村社に列格。昭和20年の戦災で全建物を焼失したが順次復興し、昭和38年に現在の本殿が再建された。
- 所在地
- 大阪府大阪市北区西天満5丁目4-17
- 御祭神
- 蛭児大神(蛭子大神)、少彦名命
- 系統
- 天神
玉作湯神社
『出雲国風土記』に「玉作湯社」として記される古社で、玉造温泉の温泉街に鎮座する。御祭神は八坂瓊勾玉など宝玉御製作の神で出雲玉作部の祖神とされる櫛明玉神と、大名持神(大国主神)・少彦名神。一帯は古代から勾玉・玉類の一大生産地であり、境内地は玉作跡として国の史跡に指定されている。江戸時代には「湯の神」として親しまれ、現在は境内の「願い石」に社務所で受けた「叶い石」を触れさせて祈願する参拝方法が知られ、縁結び祈願のパワースポットとして温泉客の人気を集めている。
- 所在地
- 島根県松江市玉湯町玉造508
- 御祭神
- 櫛明玉神、大名持神
大嵐天神社
大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が行われた。御祭神は大己貴命・少彦名命・菅原道真公。
- 所在地
- 山梨県南都留郡富士河口湖町大嵐71
- 御祭神
- 大巳貴神、少彦名神
- 系統
- 天神
京都ゑびす神社
建仁2年(1202)、禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺を建立するにあたり、その鎮守として建てられたのが起源。西宮神社・大阪今宮戎神社と並んで「日本三大ゑびす」と称され、「えべっさん」の名で親しまれる。祭神は八重事代主大神・大国主大神・少彦名神。商売繁盛の縁起物として知られる笹は、もともと当社独自の御札の形態が広まったものとされる。平成14年(2002)には創建800年を迎え、記念行事が行われた。1月8日〜12日の「十日ゑびす大祭(初ゑびす)」には多くの参拝者で賑わう。
- 所在地
- 京都府京都市東山区大和大路通四条下ル四丁目小松町125
- 御祭神
- 八重事代主大神、大国主大神
- 系統
- 出雲
秩父御嶽神社
明治28年(1895)11月、御嶽行者・鴨下清八が信州木曽御嶽山から御嶽大神の御分霊を勧請して創建した御嶽信仰の神社。清八は16歳のとき重病の母が御嶽信仰によって救われた体験から、その神徳を広く伝えることを志したと伝わる。主祭神は御嶽大神(国常立尊・大己貴尊・少彦名尊)。日露戦争後、清八は東郷平八郎元帥の銅像建立を発案して自ら許可を求め、大正14年(1925)に元帥臨席のもと除幕式が行われた。以来、境内は「東郷公園」と呼ばれ、乃木希典像やロシア製大砲など海軍ゆかりの品が置かれている。
- 所在地
- 埼玉県飯能市坂石550-2
- 御祭神
- 国常立命、大巳貴命
大杉神社
神護景雲元年(767)の創建と伝わり、疫病が流行した際に僧・勝道が巨杉を神籬として三輪明神を祀ったという伝承をもつ。主祭神は倭大物主櫛甕玉大神で、仁治2年(1241)に京都・今宮神社から大己貴命と少彦名命を勧請合祀した。「あんばさま」の愛称で親しまれる、関東・東北に分布する大杉神社の総本宮。厄除け・八方除けの祈祷で知られ、享保10年(1725)に始まった「あんば囃子」は関東一円に広まり、国の選択無形民俗文化財となっている。豪華な社殿群から「茨城の日光東照宮」とも称される。
- 所在地
- 茨城県稲敷市阿波958番地
- 御祭神
- 倭大物主櫛甕玉命、大己貴命
- 系統
- 出雲
湯殿山神社
羽黒山・月山とともに出羽三山と総称される湯殿山の本宮で、出羽三山の奥宮とされる。標高約1,500mの湯殿山中腹、仙人沢の霊域に鎮座し、社殿を持たず、温泉が湧き出す茶褐色の巨大な霊巌そのものを御神体とする。祭神は大山祇神・大己貴命・少彦名命。古来「語るなかれ、聞くなかれ」と戒められた神秘の行場で、参拝者は素足になりお祓いを受けてから御神体を拝する。江戸時代には修験道の霊地として、西の伊勢参りに対し「東の奥参り」と称されて全国から参詣者を集めた。豪雪地のため開山は例年6月1日から11月初旬までに限られる。
- 所在地
- 山形県鶴岡市田麦俣字六十里山7
- 御祭神
- 大山祇神、大己貴命
- 系統
- 出雲
伊香保神社
延喜式神名帳に名神大社として載る古社で、上野国三宮とされる。地名「伊香保」は『万葉集』の東歌にも詠まれ、承和6年(839)に従五位下を授けられるなど平安時代に神階を進めた。のちに伊香保温泉の守護神として石段街の最上段の現在地に遷り、温泉・医薬の神である大己貴命と少彦名命を祀る。子宝の神としても信仰を集める。例大祭を中心とする9月18〜20日の伊香保まつりでは、本神輿や樽みこしが365段の石段街を練り上がり、温泉街が一年で最も賑わう。
- 所在地
- 群馬県渋川市伊香保町伊香保2
- 御祭神
- 大己貴命、少彦名命
- 系統
- 出雲
淡島神社
創建年代は不詳だが、境内には享保年間(江戸時代中期)の頃に祀られた碑があり、文政年間の奉納札も現存する。和歌山・加太の淡嶋神社(淡島明神)を勧請したものと伝わり、少彦名命・天照大神・菅原道真を祀る。少彦名命を祀る淡島信仰の神社は東京都内では当社のみとされる。もとは矢部の箭簳(やがら)八幡宮の飛地境内社であったが、昭和42年(1967年)に宗教法人として独立し、昭和52年(1977年)に社殿が修復された。古くから婦人病の守護神として近郷の人々の信仰を集めてきた。
- 所在地
- 東京都町田市根岸2丁目7-5
- 御祭神
- 少彦名命、天照大神
- 系統
- 天神