由緒
明治25年(1892)に入植した旭川屯田兵400戸が、中隊の事業として村の神社を建てることを決め、翌26年(1893)に天照大神と木花開耶姫命を祭神として本殿を造営し、村名をとって旭川神社と称した。例祭日の8月15日は、屯田兵の移住が完了した日を記念したものである。明治32年(1899)には屯田第3中隊長の菊池直人大尉が伊勢神宮に参拝して開拓の実情を伝え、御分霊の奉斎を特別に許されたと伝わる。明治44年に村社、大正11年に郷社に列し、昭和3年には神明造の本殿などが完成した。宝物の大神輿は明治34年に開村10周年を記念して屯田兵が奉納したもので、例大祭の宵宮では「屯田みこし」として担がれる。現在の鎮座地は旭川市東旭川で、境内には顕勲神社や旭川兵村記念館もある。