Shrine

畝尾坐健土安神社うねおにますたけはにやすじんじゃ

奈良県に鎮座する神社です。御祭神は健土安比売命。開運のご利益で知られます。

由緒

奈良県橿原市下八釣町、天香久山の北西麓・赤埴山の麓に鎮座する。祭神は健土安比売神で、公式には天児屋根命を併せ祀るとする。『延喜式』神名帳十市郡の「畝尾坐健土安神社 大、月次新嘗」に比定される式内大社で、近世には天照大神社と称した(旧村社)。『日本書紀』神武天皇即位前紀には、天皇が天香山の埴土を取って多くの平瓫を造り、自ら斎戒して諸神を祭って国土を安定させ、土を取った所を「埴安」と名づけたとあり、当社はその埴安に鎮まる土の霊とされる。天平2年(730年)には神戸の租稲九十束のうち四束が祭神料に充てられ(『大倭国正税帳』)、天安3年(859年)1月27日に従五位下から従五位上へ昇叙された(『日本三代実録』)。神社と天香久山の間には赤埴山と呼ばれる小丘があり、埴安伝承地の石碑が建つ。令和元年からは天香山神社とともに、神武天皇の埴採りの神話にもとづく神事を毎年斎行している。

基本情報

この神社について

御祭神
健土安比売命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
奈良県橿原市下八釣町138
アクセス
近鉄大阪線耳成駅から南へ徒歩約20分。JR香久山駅からも徒歩約20分。
駐車場
神社および斎場に駐車場はないため、徒歩・自転車・公共交通機関での参拝が案内されている。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
haniyasu-shrine.jp

畝尾坐健土安神社は何の神様?

畝尾坐健土安神社の御祭神は健土安比売命です。

例大祭

9月28日

年間行事

天香山神社と共同で行う「天香山埴焼神事(天香山埴焼奉製会)」が年間の中心行事で、奉製した祭器を橿原神宮へ毎年奉納している。令和8年の日程は、4月1日にト定神事(天香山神社)、5月1日に埴採神事(天香山神社の月次祭ののち白埴・赤埴を採取し、当社へ参進して埴奉納神事)、10月1日に祭器奉製神事(天香山神社)と祭器焼成神事(当社で野焼き窯へ点火する祭器火入神事、同日夕刻に祭器清祓神事)。気象条件により焼成神事は順延・延期される場合がある。

よくある質問

畝尾坐健土安神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

畝尾坐健土安神社の例大祭はいつですか?

9月28日

畝尾坐健土安神社にはどのような年間行事がありますか?

天香山神社と共同で行う「天香山埴焼神事(天香山埴焼奉製会)」が年間の中心行事で、奉製した祭器を橿原神宮へ毎年奉納している。令和8年の日程は、4月1日にト定神事(天香山神社)、5月1日に埴採神事(天香山神社の月次祭ののち白埴・赤埴を採取し、当社へ参進して埴奉納神事)、10月1日に祭器奉製神事(天香山神社)と祭器焼成神事(当社で野焼き窯へ点火する祭器火入神事、同日夕刻に祭器清祓神事)。気象条件により焼成神事は順延・延期される場合がある。

畝尾坐健土安神社の公式情報はどこで確認できますか?

畝尾坐健土安神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

畝尾坐健土安神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

奈良県開運

龍穴神社

りゅうけつじんじゃ

創建年代は明らかでないが、近隣の室生寺よりも古い歴史をもつと伝えられる古社で、水を司る高龗神(たかおかみのかみ)を祀る。奈良時代から平安時代にかけては朝廷が勅使を派遣して雨乞いの神事を営んだと伝わり、室生寺が当社の神宮寺と位置づけられた時代もあった。社殿の上流には龍神が棲むと伝わる洞穴「妙吉祥龍穴」があり、古代から神聖な磐境とされてきた。現在の春日造の本殿は、春日大社若宮の社殿を江戸時代の寛文11

所在地
奈良県宇陀市室生1297
御祭神
高龗神
奈良県開運

六縣神社

むつがたじんじゃ

曽我川の右岸の堤に接して境内を構える旧村社。もとは「六所明神」「保田明神」と呼ばれていたが、神殿に六面の神鏡が掛けられていたことから、明治初期に六縣神社と改称された。祭神の六縣命は、高市・葛木・十市・志貴・山辺・曽布という大和国の六つの県(あがた)を司る神々とされる。境内は隣接する富貴寺と一体で、神仏習合の名残をとどめる。毎年2月11日の夜に拝殿で行われる御田植神事「子出来おんだ祭」で広く知られ、

所在地
奈良県磯城郡川西町保田30
御祭神
高市命、葛木命
奈良県交通安全美容

宗像神社

むなかたじんじゃ

桜井市外山(とび)、鳥見山の山麓に鎮座する式内社で、『延喜式』神名帳に「宗像神社三座」と載る名神大社。宗像三女神を祀り、『日本三代実録』には筑前国の宗像神社(現・宗像大社)と「同神別社」であると記されている。創祀の経緯は詳らかでなく、天武天皇の後宮に入って高市皇子を生んだ胸形尼子娘の縁により皇子の外戚の氏神として祀られたとする伴信友の説のほか、畿内に住んだ宗像氏が本貫地の神を分祀したとする説もある

所在地
奈良県桜井市外山818
御祭神
多紀理毘売命、市寸嶋比売命
系統
厳島
奈良県開運

狭井神社

さいじんじゃ

大神神社の摂社で、正式には狭井坐大神荒魂神社という。三輪山の北麓、大神神社の拝殿から北へ延びる「くすり道」を進んだ先に鎮座する。社伝では垂仁天皇の時代の創祀と伝えられ、『延喜式』神名帳にも名を載せる古社である。主祭神は三輪の神の荒魂で、その力強い神威から古来病気平癒の神として厚い信仰を集めてきた。境内の井戸は社名「狭井」の由来とされ、湧き出る水は薬水と呼ばれて万病に効くと伝えられてきた。4月18日

所在地
奈良県桜井市三輪1422
御祭神
大神荒魂神、大物主神