由緒
奈良県橿原市木之本町に鎮座し、「哭沢の神社(なきさわのもり)」とも呼ばれる。祭神の哭沢女神(泣沢女神)は、『古事記』において国生みの最後の段階で伊邪那美神が火の神・火之迦具土神を生んで亡くなったのを、伊邪那岐神が悲しんで泣いた涙から生まれた女神と伝えられる。当社は社殿(神殿)を持たず、玉垣で囲んだ空井戸を御神体とするのが大きな特色で、境内には末社の八幡神社が鎮座する。また、桧隈女王が「哭沢の 神社に神酒据ゑ 祈れども 我が大君は 高日知らしぬ」と詠んだと伝わる万葉歌碑が境内に建てられている。『延喜式』神名帳の十市郡にもその社名がみえる古社で、天香久山の麓に鎮まる畝尾坐健土安神社とは至近の位置関係にある。