Shrine

宇流富志禰神社うるふしねじんじゃ

三重県に鎮座する神社です。御祭神は宇奈根命。開運のご利益で知られます。

由緒

名張の地の氏神として信仰されてきた延喜式内社で、伊賀二十五社の一社に数えられる。主祭神の宇奈根命は水と穀物の神で、御神体である赤岩が名張川のうねりのそばにあることから「うねる」が転じて宇奈根になったと伝えられ、社名も「潤うふし水」に由来するという。『日本三代実録』には貞観15年(873年)に宇奈根神が従五位上を授けられた記事が見える。天正8年(1580年)の天正伊賀の乱で社殿・宝物・古文書をことごとく焼失したが、境内には元久2年(1205年)銘の石燈籠が残り、元和2年の棟札からこの年に再建されたとみられる。のちに伊賀領主筒井定次の重臣松倉勝重、次いで藤堂高吉から神領の寄進を受け、明治14年11月に県社に列した。藤堂家から譲り受けた能面45面は三重県の文化財に指定されている。

基本情報

この神社について

御祭神
宇奈根命
ご利益
開運

アクセス・参拝情報

所在地
三重県名張市平尾3319
アクセス
近鉄大阪線名張駅から徒歩約5分。名阪国道上野インターチェンジからは車で約25分。
駐車場
参拝者用の駐車場があり、車で訪れる際はそちらに停めるよう公式サイトで案内されている。

公式情報・問い合わせ

公式サイト
urufushine.jp
電話番号
0595-63-0486

宇流富志禰神社は何の神様?

宇流富志禰神社の御祭神は宇奈根命です。

例大祭

春祭・秋祭

年間行事

1月1日の元旦祭、1月6日の山の神祭、1月15日の小正月どんど、2月3日の節分祭、2月17日の祈年祭、4月10日の献納祭、6月16日の岩祭、6月30日の大祓い、10月22日の「お旅」、10月27日の宵宮祭、11月23日の新嘗祭、12月31日の大祓いが営まれる。春季例祭では獅子舞の奉納や敬神婦人会による振る舞い、午後3時からのもちまきが行われる。秋の大祭は平尾・南・北出・町の四講が当家を務め、10月22日のお旅で神輿がお旅所へ渡御し、宵宮を経て28日に町中を巡幸して本社へ帰る。

よくある質問

宇流富志禰神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

宇流富志禰神社の例大祭はいつですか?

春祭・秋祭

宇流富志禰神社にはどのような年間行事がありますか?

1月1日の元旦祭、1月6日の山の神祭、1月15日の小正月どんど、2月3日の節分祭、2月17日の祈年祭、4月10日の献納祭、6月16日の岩祭、6月30日の大祓い、10月22日の「お旅」、10月27日の宵宮祭、11月23日の新嘗祭、12月31日の大祓いが営まれる。春季例祭では獅子舞の奉納や敬神婦人会による振る舞い、午後3時からのもちまきが行われる。秋の大祭は平尾・南・北出・町の四講が当家を務め、10月22日のお旅で神輿がお旅所へ渡御し、宵宮を経て28日に町中を巡幸して本社へ帰る。

宇流富志禰神社の公式情報はどこで確認できますか?

宇流富志禰神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

宇流富志禰神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

三重県開運

陽夫多神社

やぶたじんじゃ

伊賀市東部、旧阿拝郡の谷あいに鎮座する延喜式内社で、伊賀河合郷の総社とされる。社伝では宣化天皇3年(538年)の創建と伝わり、国造の多賀連が祭祀にあたったという。もとは現在地より東の藤山に鎮座していたとされ、藪田神社、高松祇園社、河合天王などとも呼ばれた。主祭神は健速須佐之男命で、五男三女神を配祀するほか、明治期の神社合祀により多くの神々が合わせ祀られている。7月31日から8月1日の祇園祭では三重

所在地
三重県伊賀市馬場951
御祭神
健速須佐之男命、五男三女神
三重県開運

仙宮神社

せんぐうじんじゃ

創建年代は不詳。『天照皇大神御天降記』に記される志摩国の元伊勢伝承地・多古志宮の旧跡地とされ、伊勢神宮外宮の流れを汲む度会神道と関わりが深い。奈津の山中に祀られていた三狐神社(現在は神前神社に合祀)を「下の宮」と呼ぶのに対し、当社は「上の宮」と称される。社伝によれば仁治年間(1240年頃)に官符を賜り、興国・慶長・元和の各年間に諸方から寄進があったが、その記録は安政年間の高津波で流失したという。元

所在地
三重県度会郡南伊勢町河内甲宮山77
御祭神
猿田彦命、大宮比賣命
三重県開運

尾野神社

おのじんじゃ

創立年代は不詳。三重県神社庁が引く『桑名市史』によれば、当社はもともと入江・田宮・船戸の三か村の総社で、三村が合併して東方村となったのち、入江村の人々が尾野入江のほとりで尾野神社を祀ったという。尾野山北の鼻山に鎮座していた社を後に船着大明神の社へ遷して相殿としたとの説もあり、「船着大明神」の別名で呼ばれてきた。境内には御霊と称する前方後円型の古墳があり、往古はその付近に社殿が建っていたと伝える。永

所在地
三重県桑名市大字東方2194
御祭神
天押帯日子命、天照大御神
三重県開運

本居宣長ノ宮

もとおりのりながのみや

『古事記伝』を著した江戸中期の国学者・本居宣長を神として祀る神社。碩学である宣長を神として祀ろうとする気運は早くからあり、明治初年に川口常文らが主唱して実現した。明治8年(1875)3月、旧山室村にある宣長の奥墓のかたわらに社殿を建て、山室山神社と号したのが創祀である。明治22年(1889)に現在の松阪市役所が建つ地へ遷座し、明治36年(1903)には県社に昇格した。大正4年(1915)、松阪発祥

所在地
三重県松阪市殿町1533番地2
御祭神
秋津彦美豆櫻根大人(本居宣長)、神霊能真柱大人(平田篤胤)