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徳島県の開運神社

徳島県で開運のご利益を目的に参拝したい神社を一覧で紹介します。

徳島県の開運神社一覧

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徳島県開運

上一宮大粟神社

かみいちのみやおおあわじんじゃ

創建年代は不詳だが、古くからさまざまな社号で呼ばれてきた古社で、現在も14枚の棟札が伝わる。祭神の大宜都比売命は五穀をつかさどる神で、伊勢国丹生の郷から阿波国に渡って国土を経営し、この地一帯に粟を蒔き広めたと伝えられる。「大粟」という社名も、鎮座地である神山町神領という地名も、この粟作の伝承に結びついている。神社は大粟山に鎮座し、道の駅「温泉の里神山」からもごく近い。秋祭りでは神輿とだんじりが繰り出し、初日に神山温泉に隣接する八幡神社まで渡御して、翌日に八幡神社を発って地区を巡り大粟神社へ帰る。これは大宜都比売命が八幡神社の彦火火出見神に会いに行くという言い伝えにちなむ神事とされている。

所在地
徳島県名西郡神山町神領字西上角330
御祭神
大宜都比売命
徳島県開運

忌部神社

いんべじんじゃ

阿波忌部の祖神・天日鷲命を主祭神とし、徳島市二軒屋町の眉山南東中腹に鎮座する。阿波忌部は古代の宮中祭祀を担った忌部氏に従属した集団で、大嘗祭に際して麁服(あらたえ)と呼ばれる布を献上した。麻植郡(現在の吉野川市周辺)の郡名も阿波忌部が麻を栽培したことに由来すると『古語拾遺』は伝える。忌部神社は『延喜式』神名帳に載る式内社で阿波三社の大社の一つに数えられたが、中世以降に所在が分からなくなり、複数の神社が式内忌部神社の系譜を主張して長い所在地論争が続いた。明治4年(1871年)に所在不明のまま国幣中社に列格されたことで比定が急がれ、明治7年には麻植郡山崎村の忌部神社が有力とされたが、明治14年には美馬郡西端山の五所神社と決定されるなど紛糾した。決着がつかないことから明治18年(1885年)に現在地が社地と定められ、遷座祭を経て国幣中社忌部神社が新設され、五所神社はその摂社となった。

所在地
徳島県徳島市二軒屋町2丁目48
御祭神
天日鷲命
徳島県開運

一宮神社

いちのみやじんじゃ

徳島市一宮町に鎮座し、大宜都比売命と天石門別八倉比売命を祀る。もとは名西郡神山町の上一宮大粟神社が阿波国一宮であったが、参拝に不便であったため平安時代後期に国府に近いこの地へ分祠が設けられ、以後こちらが一宮とされるようになったと伝える。阿波の祖神を祀る古社で、江戸時代には四国八十八ヶ所霊場の札所を兼ね、神仏習合の「一宮大明神」として庶民の信仰を集めた。神仏分離後は別当であった大日寺が札所を引き継ぎ、現在も大日寺と道を挟んで向かい合って鎮座している。本拝殿は阿波藩主の建立によるもので、本殿は寛永7年(1630年)の建築。三間社流造で正面に千鳥破風を付け、向拝一間を唐破風造とし、銅板葺とする。要所の彫刻に極彩色を施した華やかな意匠を持ち、県内でも建築年代の古い大型の神社本殿として平成5年(1993年)に国の重要文化財に指定された。

所在地
徳島県徳島市一宮町西丁237
御祭神
大宜都比売命、天石門別八倉比売命
徳島県開運

天石門別八倉比売神社

あめのいわとわけやくらひめじんじゃ

杉尾山を神体山として中腹に鎮座する古社で、式内名神大社「天石門別八倉比売神社」の論社の一つとされ、阿波国一宮の論社にも挙げられる。主祭神の八倉比売命は大日靈女命、すなわち天照大神の別名とする伝えがある。創建年代は不詳だが、社伝では孝安天皇の御代の鎮座と伝わる。現在の本殿は江戸時代の造営で、本殿背後の奥の院には五角形に組まれた磐座があり、一説に卑弥呼の墓とする伝承も語られる。旧社格は県社。

所在地
徳島県徳島市国府町西矢野字宮谷531
御祭神
八倉比売命
徳島県開運家内安全

徳島縣護國神社

とくしま じんじゃ

徳島縣護國神社は徳島県出身の英霊を祀る神社。国家安泰・勝負運のご利益で知られ、1869年(明治2年)に創建された由緒ある神社です。

所在地
徳島県徳島市万代町4-1-2
御祭神
徳島県出身の英霊
系統
護国

徳島県で開運の神社を選ぶポイント

開運の参拝先を選ぶときは、所在地だけでなく、御祭神・由緒・アクセスを合わせて確認すると巡りやすくなります。徳島県内で複数の神社を比較し、旅程に合う場所から参拝先を絞り込んでください。

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