Shrine

冨士山下宮小室浅間神社ふじさんしもみやおむろせんげんじんじゃ

山梨県に鎮座する浅間系の神社です。安産・子宝のご利益で知られます。

由緒

富士山から流れ下った剣丸尾溶岩流の突端に鎮座し、祭神は木花咲耶姫命。公式サイトの由緒によれば、延暦12年(793年)に坂上田村麻呂が東征の折、古吉田の地から富士山に戦勝を祈願して大勝し、その神護に感謝して大同2年(807年)に甲斐国都留郡古吉田の森組の地へ草創したと伝える。古い記録では単に「宮」と記され、富士北麓に住む人々の産土大神・鎮守として信仰の中心にあった。のちに周辺へ浅間神社が増えるなかで富士山から下手にあることから「下ノ宮」「冨士山下宮」と呼ばれるようになり、明治に「小室浅間神社」へ改称。昭和32年(1957年)に山梨県で二番目の別表神社に加列された。馬を第一の神使とし、筒粥祭と流鏑馬祭の占いが地域の生活指針となってきたことから、占い・お神籤を司る神としても知られる。

基本情報

系統・信仰
浅間
ご利益
安産子宝
アクセス
富士急行線下吉田駅から徒歩約4分。車は中央自動車道河口湖ICから約15分、東富士五湖道路富士吉田ICから約15分、中央自動車道富士吉田西桂スマートICから約10分。
受付時間
受付時間は9時から17時まで。
駐車場
参拝者用の駐車場がある。
電話番号
0555-22-1025
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御朱印

御朱印は本社の2種と境内社「大塔宮」の1種、あわせて3種を授与している。御朱印帳は御神馬に乗る木花開耶姫を描いたもので全6色あり、緑色のみ「浅間神社めぐり」版となっている。

例大祭

例大祭は流鏑馬祭りで、9月18日の宵祭りと19日の本祭からなり、山梨県無形民俗文化財に指定されている。地元では「うまっとばかし」と呼ばれ、矢を射ることよりも世襲の占人が朝馬・夕馬の駆けた足跡で吉凶を占う「馬蹄占」を主眼とする神事で、18日午後には富士山の溶岩で造られた富士山神輿が町内を渡御する。

年間行事

1月14日の晩から15日未明にかけて筒粥祭(粥占祭)が行われ、富士山参詣者の多寡、稲や夕顔など14種の作物の出来高、1年12か月の天候を占う。永禄3年(1560年)からの記録が『勝山記』に残る神事で、結果は公表され、希望する参拝者には占い標が頒布される。翌15日には流鏑馬祭の諸事を決める「馬出しの神籤」が引かれる。

よくある質問

冨士山下宮小室浅間神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

冨士山下宮小室浅間神社で御朱印はいただけますか?

御朱印は本社の2種と境内社「大塔宮」の1種、あわせて3種を授与している。御朱印帳は御神馬に乗る木花開耶姫を描いたもので全6色あり、緑色のみ「浅間神社めぐり」版となっている。

冨士山下宮小室浅間神社の受付時間はいつですか?

受付時間は9時から17時まで。

冨士山下宮小室浅間神社の例大祭はいつですか?

例大祭は流鏑馬祭りで、9月18日の宵祭りと19日の本祭からなり、山梨県無形民俗文化財に指定されている。地元では「うまっとばかし」と呼ばれ、矢を射ることよりも世襲の占人が朝馬・夕馬の駆けた足跡で吉凶を占う「馬蹄占」を主眼とする神事で、18日午後には富士山の溶岩で造られた富士山神輿が町内を渡御する。

冨士山下宮小室浅間神社にはどのような年間行事がありますか?

1月14日の晩から15日未明にかけて筒粥祭(粥占祭)が行われ、富士山参詣者の多寡、稲や夕顔など14種の作物の出来高、1年12か月の天候を占う。永禄3年(1560年)からの記録が『勝山記』に残る神事で、結果は公表され、希望する参拝者には占い標が頒布される。翌15日には流鏑馬祭の諸事を決める「馬出しの神籤」が引かれる。

冨士山下宮小室浅間神社の公式情報はどこで確認できますか?

冨士山下宮小室浅間神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

冨士山下宮小室浅間神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

山梨県安産子宝

一宮浅間神社

いちのみやせんげんじんじゃ

社伝では景行天皇の御代の創祀と伝える古社。『日本三代実録』にみえる貞観6年(864年)の富士山大噴火を受け、翌貞観7年(865年)に勅命で甲斐国八代郡に建てられ官社に列したという「浅間明神の祠」に相当するとされ、『延喜式』神名帳に載る甲斐国八代郡の名神大社「浅間神社」の論社の一つに数えられる。当初は正体山に祀られ、延長2年(924年)10月に現在地へ遷宮したと伝わる。祭神は木花咲耶姫命。近代社格は

所在地
山梨県西八代郡市川三郷町高田字宮本3696
御祭神
木花咲耶姫命
系統
浅間
山梨県安産子宝

浅間神社

あさまじんじゃ

甲斐国一宮として崇敬されてきた古社で、木花開耶姫命を主祭神とする。社伝によれば垂仁天皇8年正月、現在の摂社・山宮神社が鎮座する神山の麓に初めて祀られたのが起こりで、富士山が大噴火した翌年にあたる貞観7年(865年)12月9日に現在地へ遷座したと伝える。延喜の制では名神大社に列し、明治4年(1871年)に国幣中社へ列格した。祭神は大山祇神の娘で天孫瓊瓊杵尊の妃とされる「富士の神」であり、山火鎮護のほ

所在地
山梨県笛吹市一宮町一宮1684
御祭神
木花開耶姫命
系統
浅間
山梨県安産子宝

河口浅間神社

かわぐちあさまじんじゃ

貞観6年(864)に富士山が大噴火し(貞観噴火)、溶岩流により大湖「剗の海」が分断されて西湖と精進湖が生まれた。この災害を受けて翌貞観7年(865)、噴火を鎮めるため勅命により富士山の神・浅間大神を祀ったのが創祀とされる。祭神は浅間大神(木花開耶姫命)。延喜の制では名神大社に列した。境内には樹齢1200年と伝わる山梨県天然記念物「七本杉」がそびえる。2013年には「富士山—信仰の対象と芸術の源泉」

所在地
山梨県南都留郡富士河口湖町河口1
御祭神
浅間大神
系統
浅間
山梨県学業成就安産

大嵐天神社

おおあらしてんじんしゃ

大同2年(807)、村人が大己貴命・少彦名命を勧請し「大嵐天神宮」と称したのが始まりと伝わる。天暦年間(947〜957)に菅原道真公を合祀した。永享12年(1440)には甲斐国守護・武田信重が本殿を造営。天保12年(1841)の全村大火で焼失したが、弘化2年(1845)に本殿を再建した。明治41年(1908)に雨屋と拝殿を建造し、指定村社に列格。平成9年(1997)には拝殿をはじめ諸施設の大改修が

所在地
山梨県南都留郡富士河口湖町大嵐71
御祭神
大巳貴神、少彦名神
系統
天神