Shrine

伊太祁󠄀曽神社いたきそじんじゃ

和歌山県に鎮座する神社です。社格は一宮。御祭神は五十猛命。開運のご利益で知られます。

由緒

『日本書紀』で全国に樹木を植えたと記される五十猛命を祀る「木の神様」の社で、式内名神大社・紀伊国一之宮。文献上の初見は『続日本紀』の文武天皇大宝2年(702年)で、もとは日前神宮・国懸神宮の社地に祀られ、垂仁天皇16年頃に山東(現在の伊太祈曽)へ移り、和銅6年(713年)に現社地へ遷座したと伝わる。旧社地は南東約500メートルの「亥の森」で、今も旧暦10月初亥日に亥の森祭が行われる。『古事記』では大屋毘古神として大国主神の命を救ったと記されることから、「いのち神」「厄難除けの神」としても信仰される。

基本情報

社格
一宮
御祭神
五十猛命
ご利益
開運
所在地
和歌山県和歌山市伊太祈曽558
アクセス
和歌山電鐵貴志川線「伊太祈曽駅」から徒歩約5分。
駐車場
境内に駐車場あり(乗用車約30台・大型観光バス約5台)。一の鳥居東側にも乗用車約5台分の駐車場がある。
電話番号
073-478-0006
SNSアカウント

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伊太祁󠄀曽神社は何の神様?

伊太祁󠄀曽神社の御祭神は五十猛命です。

五十猛命

素戴鸣尊の子。木の神・林業の神として信仰される。 代表的な神社としては来宮神社が挙げられます。 紀州では伊太祁曽神社が代表社として知られ、木の神・林業の神として崇敬されます。

例大祭

10月15日

年間行事

卯杖祭(1月・成人の日)、木祭り(4月第1日曜)、茅輪祭(7月30・31日)、亥の森祭(旧暦10月初亥日)、月次祭(毎月1日・15日)。

よくある質問

伊太祁󠄀曽神社の参拝前に確認したい情報をまとめます。

伊太祁󠄀曽神社で御朱印はいただけますか?

御朱印あり。朱印帳への揮毫・押印のみで、書き置きの紙朱印は令和6年6月末で廃止(代わりに月替わりデザインの「参拝証」を頒布)。

伊太祁󠄀曽神社の例大祭はいつですか?

10月15日

伊太祁󠄀曽神社にはどのような年間行事がありますか?

卯杖祭(1月・成人の日)、木祭り(4月第1日曜)、茅輪祭(7月30・31日)、亥の森祭(旧暦10月初亥日)、月次祭(毎月1日・15日)。

伊太祁󠄀曽神社の公式情報はどこで確認できますか?

伊太祁󠄀曽神社の公式情報は公式サイトで確認できます。参拝前に最新の受付時間や祭事情報を確認してください。

伊太祁󠄀曽神社に関連する目的別ページ

ご利益や御朱印情報を、地域で絞り込んで確認できます。

近隣神社

同じ地域や分類に近い神社を合わせて見られます。

兵庫県厄除け病気平癒

広峯神社

ひろみねじんじゃ

崇神天皇の御代、およそ二千年余り前に素戔嗚尊と五十猛尊を白幣山に祀ったのが始まりと伝わる古社。天平5年(733)に唐から帰朝した吉備真備が神託を受け、翌年白幣山に社殿を建立して廣峯神社と称した。牛頭天王の総本宮とされ、京都八坂神社(祇園社)の本家「元祇園」と伝えられる。天禄3年(972)に白幣山から現在地へ本殿を遷座。中世には播磨のほか丹波・但馬・備前など広い信仰圏を持ち、農耕の神・軍神として崇敬

所在地
兵庫県姫路市広嶺山52
御祭神
素戔嗚尊、五十猛命
系統
八坂
新潟県開運

度津神社

わたつじんじゃ

新潟県佐渡市羽茂飯岡に鎮座し、五十猛命を祭神として、交通の守護神として島民の信仰を集めてきた。延長5年(927年)に完成した『延喜式』神名帳に記載される佐渡の式内社9社の一つで、佐渡国の一ノ宮と称する格式の高い神社である。文明2年(1470年)の洪水によって社地や古文書などが流失したため、現在の位置に移ったとされ、そのため詳しい由緒や縁起は明らかになっていない。境内は鬱蒼とした木々に囲まれ、二之鳥

所在地
新潟県佐渡市羽茂飯岡550-4
御祭神
五十猛命
和歌山県開運

日前神宮・國懸神宮

ひのくまじんぐう くにかかすじんぐう

社伝では神武天皇2年、神武東征ののち初代紀伊国造となる天道根命が二種の神鏡を奉じて祀ったのに始まると伝えられ、創建2600余年と称される古社。同一境内に二つの本宮が鎮座し、日前神宮は日像鏡を御神体として日前大神を、國懸神宮は日矛鏡を御神体として國懸大神を祀る。両鏡は三種の神器の八咫鏡に先立って鋳造されたと伝えられ、伊勢の神宮に次ぐ宝鏡と尊ばれた。垂仁天皇16年に現在地に遷座したと伝わり、紀伊国一之

所在地
和歌山県和歌山市秋月365
御祭神
日前神宮:日前大神、國懸神宮:國懸大神
和歌山県開運

荒島神社

あらしまじんじゃ

紀伊半島中央部、日高川の上流にあたる旧龍神村甲斐ノ川(現在の田辺市龍神村甲斐ノ川)に鎮座する。創建の年代は明らかでない。この一帯は明治22年(1889年)に甲斐ノ川・小家・福井の三地区が合わさって下山路村となった地域で、当社は古くからその氏神として祀られてきた。秋には旧村域の三地区が獅子舞と神輿を繰り出す祭礼が営まれ、山間の集落の結び付きを今に伝えている。なお和歌山県の文化情報アーカイブでは、社名

所在地
和歌山県田辺市龍神村甲斐ノ川603