由緒
松橋熊野宮、松橋権現社とも呼ばれる熊野系の社。創建については、永承4年(1049)に勅を受けて勧請されたとする伝えと、社家である下田家の祖・下田伊予守惟勝が夢のお告げを受けて熊野権現を勧請したとする伝えの二つが残る。室町時代には宇土城主の菊池氏や名和氏から寄進・保護を受けた。慶長4年(1599)、キリシタン大名・小西行長により社殿が焼き討ちに遭ったため神体を山中へ避難させ、加藤清正の時代になって現在地に復興したと伝えられる。旧社格は村社。境内には推定樹齢700〜800年とされる大楠がそびえ、恵比須社・天神社・水神社の石祠が末社として祀られている。